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第9話 胸が張り裂ける ♢壱成♢
「壱成、大丈夫? 水飲む?」
二度もイかされて足腰の立たない俺を、ノブはベッドの上で優しく腕の中に包むように抱きしめ、背中をさすってくれている。
抱かれるのがこんなに幸せだと思ったのは本当に初めてだった。
終わったあとにこんなふうに抱きしめられるのも、もちろん初めてだ。
ノブはまるで当たり前かのように、終わってすぐに俺を抱きしめた。
「こんなこと、しなくていい」
そう言って離れようとした俺を「言うと思った」と、さらにぎゅうっと抱きしめた。
「俺がこうしたいからするんだよ。壱成まだ動けないでしょ? 動けるようになるまでこのままでいよう」
動けるようになるまで……それまではこうしていられるのか。
ノブの胸に顔をうずめて、背中をさすられながら幸せの余韻にひたった。
水を飲むかと聞かれたが、まだ動きたくない。だから俺は動けないフリをする。
「……すまない。もう少し……このままでもいいか……?」
まだノブのぬくもりに包まれていたい。
「いいよ。もちろん」
そう答えて、くすっと笑う。
「……ノブ?」
「あ、ごめん。壱成は無理して動こうとするかなって思ったから、甘えてもらえたのが嬉しくて」
「……甘えるのは似合わないよな」
「嬉しいんだってば。もっと甘えてよ。俺の前では素直になるって言ったでしょ?」
チュッと頭にキスをされ身体が震えた。
俺じゃない誰かにも、こうして優しくしたのだろうか。それともできずに終わったのか。
考えても仕方のないことをつい考えてしまう。胸が痛い……。
明日は平日だ。俺は休みだがノブは仕事だろう。スーツ姿のノブを思い出し、名残惜しいが身体を起こした。
「はい、お水」
「……ん、ありがとう」
受け取ったペットボトルの水を半分ほど飲みキャップを閉めると、ノブが「もらっていい?」と言ってそれを飲み干した。ドキッとした。
たかが間接キスだ。キスだってそれ以上だってしただろう、と自分にあきれた。
「あ、もう時間ないね。一緒にシャワー浴びようか」
「え……いや、俺はいい。帰ってからで」
「なんで? いまさら恥ずかしがることないでしょ?」
とノブに手を引かれシャワールームに連れて行かれた。
時間もないのに、俺はまた入れてほしくなって、つらかった。
「明日はどこ行こうかな……」
帰る準備をしながらボソッとつぶやいたノブの言葉に、思わず反応した。
「明日は平日だが、休みなのか?」
ジャケットを着ようとしていたノブが一瞬固まった。
「ノブ?」
「そう、休みなんだ。俺不定休なんだよね」
「……そうか。休みだったのか」
それなら泊まってもよかったのに……。
そう落胆して、もうすでに引き返せないほど勘違いをしている自分が嫌になった。抱かれている間だけ、そう思っていたのに……。
優しくされたからって勘違いするな。俺はただの身代わりだ。
「壱成は仕事でしょ?」
「……え?」
そう言われて、自分もスーツだということに気がつく。
そうか、俺も不定休には見えないのか。だから泊まる選択は無かったんだな。
いまは、そう思っていたい。
「俺も明日は休みだ」
「え、すごい偶然!」
「本当だな」
それなら泊まる? という言葉をちょっとだけ期待している自分にあきれて嫌気がさした。バカだな……。
「壱成、明日はなにする予定?」
「なにも。家の掃除くらいだ」
「えっ。じゃあさ。明日デートしない?」
「……は」
なにを言われたのか理解ができなくて思考が停止した。
「デートだよ。俺、休みの日は、たいていドライブに行くんだよね。壱成も一緒に行かない? あ、でも初デートならドライブより映画かな? うーん、ショッピングモールならなんでもあるな……」
まだ返事もしていないのに、ノブはどこに行こうかとあれこれ考え始めた。
バーで出会った今夜の相手、それだけの関係。俺はただの身代わり。勘違いはしない。そう必死で言い聞かせた努力が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「壱成? 無理なら気にしないで」
「いや、行く。行きたい。……デートなんて初めてだ」
夜の誘いだけじゃなく休日にまで一緒にいてくれるのかと、信じられなくて嬉しくて、胸が張り裂けそうなほど苦しくなった。
恋に落ちた自覚はあったが、想像以上に重症だった。
「本当? やったっ。じゃあ明日も一緒にいられるね」
ノブの嬉しそうな顔が眩しくてドキドキする。でもその一方で、無邪気な笑顔がさらに京に似ていて少しだけ複雑だった。
「そうだなぁ。お昼も一緒に食べたいし、十一時でどう? 車で迎えに行くよ」
住んでいる場所も知らないのに迎えに行くというノブに笑ってしまった。だから俺の最寄り駅を伝え、そこで待ち合わせることにした。
場所も時間も決まったが、ノブは俺の連絡先を聞いてこない。
たとえセフレだとしても、休日にも会うなら聞いてもいいよな。
「ノブ。連絡先を交換しないか?」
「え、連絡先?」
不思議そうに俺を見て、そのあとハッとした顔をする。
……そうか。俺じゃない誰かの連絡先は知っているんだな。だから聞いてこなかったのか。きっと住んでる場所も知ってるんだろうと、さっきの会話に納得した。
「……あ、ごめん壱成。いまスマホ壊れててさ。修理に出すまで待っててくれる?」
連絡先の交換を渋られたのかと思えば、いまは壊れていると言う。
修理に出したら交換してくれるのか、と安堵した。
明日のデートが終わっても、また会ってくれるんだと、嬉しくて胸がじわっとあたたかくなった。
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