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第10話 壱成とデート 1

 壱成に連絡先を交換をしようと言われ、俺はとっさに、なにを言ってるのという顔をしてしまった。  俺のスマホには“榊さん”の、壱成スマホには“京”の連絡先がすでに入っている。  思わずハッとしておかしな態度になってしまったが、壊れているからというとすんなり納得してくれてホッとした。    ホテルを出たあと、俺たちは別々のタクシーに乗って別れた。  俺は帰宅するとスマホを取り出しバッグを放り投げ、すぐにオンラインでスマホの契約と購入をした。壱成専用だ。これで京だとバレずに壱成と連絡がとれる。  俺はバーで知り合った人とは一切連絡を取らない。交換はしない。バーに行ったときだけの付き合いだった。“ノブ”の友人を作るのは、あまりにもリスクが大きすぎるからだ。  だからスマホを二台持つ必要がなかった。けれど、持っていればよかったと、俺は初めて後悔した。  マジでほんと頼むから早く届いてくれっ。  とはいえ、いまはなんでもネットで済むから助かった、と胸を撫で下ろす。ホッと息をついて京に戻った俺は、ベッドに一気にダイブした。  まだ幸せの余韻が消えず、ベッド上で一人悶える。  俺、本当に壱成を……あの榊さんを抱いたんだ……。まだ夢みたいで信じられない。  ネコの壱成は最高に可愛くて、どストライクどころではなかった。    ギャップやばすぎだろ……。  マジで可愛すぎだろ……。  色々最高かよっ!    壱成の可愛い喘ぎ声を思い出すだけで、俺のそこはまた元気になってくる。  はぁやばい……。もう一日中抱きしめていたかった。  俺の腕の中で「もう少しこのままでもいいか?」と甘えてくる壱成を、また襲いたくて必死でこらえた。  なんなの、あれ。本当にあの榊さんなのか? 可愛すぎだろっ。はぁやばいっ。  両手で顔を覆って深呼吸をしながら、俺はなんとか興奮をおさめた。 「あー……恋人になりてぇ……」  デートに誘ったら、一瞬戸惑っていたがOKしてくれた。  なにより、ホテルの部屋を出るときにキスをしたら、壱成は照れたように頬を染めた。  脈ありだと思うんだよな……。  でもそれは“ノブ”だからだ。“京”ではだめなんだ。  いや、ノブでもだめだった。カラコンを外せない。朝まで壱成と過ごせない。そんなの、恋人じゃない……。  いままでの男たちと俺は違うと壱成にわかってほしい。  でもセフレの関係じゃ、なにも違わない。壱成の諦めたような乾いた笑いが思い出される。  あー……もう、どうすりゃいいんだよ……っ。    好きだよ……壱成。本当に大好きだ。  俺は絶対に、セフレなんて嫌なんだ……。  ベッドの上で、うだうだと考えながら、はたと重大なことに気がついた。  車で迎えに行くって……! 壱成に車なんか見せらんねぇじゃんっ!  速攻で京だってバレるっ。  俺は慌てて兄貴に電話をかけた。 『…………なに。お前いま何時だと思ってんだ?』 「悪いっ! ほんっとごめん! 許してっ!」  もう日付が変わったところだ。でも兄貴ならまだ起きてたはず。   『…………なに。どうした?』 「兄貴さ、俺の車ほしがってたじゃん?」 『ん? まあな……?』 「しばらく兄貴のと交換してくんねぇかな?」 『えっマジでっ? いいのかっ?』 「うんっ、いい、いい! 今から交換に行ってもいい?」    兄貴は二つ返事でOKしてくれた。俺は適当に変装をしてすぐに車のキーを手に家を飛び出す。  車で迎えに行くと言ったのにレンタカーで行くのはダサいし、兄貴の車のほうがまだマシだ。  都内で一人暮らしをしてる兄貴のマンションに、俺は急いで車を走らせた。    次の日、俺は待ち合わせの一時間も前に駅に着いた。  早く会いたくて落ち着かなくて、もうここで待ってたほうが少しは落ち着くと結論を出した。  近くのパーキングに車を停め、待ち合わせの出口の前で壱成を待つ。  ただの待ち合わせにこんなに胸が高鳴るなんて思わなかった。  壱成とのデートに浮かれてすぎてる自分に俺は笑った。    約束の時間までまだまだある。ゆっくり待とう。待つ時間ですらもう楽しい。  そう思っていた矢先、すぐに視界に壱成が飛び込んできた。  出口で一度立ち止まり、すぐに俺を見つけると、驚きの表情で見つめてくる。  黒で統一されたラフな格好の壱成は、スーツ姿のときよりも雰囲気が柔らかい。  はぁやばい……。私服の壱成なんてレアすぎる……。  俺が壱成に向かって足を進めると、壱成はハッとした様子で急いで俺のところまでやって来た。 「おはよう、壱成」 「お、はよう。……ずいぶんと早いな」 「壱成もね?」 「……ああ。準備が早く終わったんだ」 「うん、俺も。壱成に早く会えて、なんかすごい得した気分」  俺が笑いかけると、壱成がぐっと押し黙る。 「あ、またなんか言葉呑み込んだ?」 「…………たらしだな」 「え?」 「ノブは、人たらしだなって言ったんだ」 「えっ、なんで? 早く会えて嬉しいって言っただけだよ?」  そう言い返してから気がついた。……え、あれ? なんかいまのって、たらされた……って言ってる?  言葉を呑み込んだのは、また昨日と同じで期待しそうになったからだろうか。  マジか……やばい……どうしよう。もういますぐ好きだと伝えて抱きしめたい。もし“ノブ”に可能性があるなら、なんとかしたい。  朝まで一緒に過ごせない、とりあえずの問題はそれだけだ。  なんとかできないか……本当になんとかしたい……。 「ノブ?」 「……あ、うん、ごめん。……あ、パーキングに車停めたから。行こっか」  なんとかしたい、そればっかり考えて上の空だった。俺は慌てて壱成の背中を優しく押す。  そんな俺を見て、壱成はバツが悪そうな顔になった。 「あ、すまない。その、言いすぎた。……でも人たらしって、本当は悪い意味じゃなくて、いい意味で使われる言葉なんだぞ?」 「そう、なの?」 「そうだよ。人に好かれる人間だという意味で、本当はいい意味なんだ。……なんか、悪かった……すまない」 「そっか。そうなんだ」  俺が傷ついたと勘違いをしたらしい壱成が、必死で弁解をするのが可愛くて頬がゆるむ。  あーもうほんと、いますぐ抱きしめたい……っ。  

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