パーキングに着き、壱成を車まで案内する。 　だんだんと近づく車を見て、ため息が出た。 　ほんっとボロいな、兄貴の車……。 　でも、冴えないリーマンのノブにはピッタリだ。 　車に乗り込み「行きたいところはない？」と壱成に聞くと、デートは初めてでわからないと困惑顔になる。それならやっぱり、なんでもそろってるショッピングモールだな、と俺はすぐに車を走らせた。 　お昼も食べられるし、なんでもそろっていて便利だしな。 　隣を見るとまだ困った顔で落ち着かないというようにそわそわする壱成に、それだけでもう好きがあふれた。 　仕事中の凛々しい壱成はもちろん格好いいし素敵だが、デートでそわそわする壱成はニヤけるくらい可愛い。 「あ、そうだ壱成。確認なんだけど」 「なんだ？」 「手つなぎはＯＫ？」 「…………は」 　俺はノブの姿でバレたことは一度もないし、似てると言われたのも壱成だけだ。 　だから本気で好きになった壱成とのデートでは手をつなぎたかった。周りの目なんか気にせず、手つなぎデートをしたかった。 「……いや、俺は……カミングアウトはしてないんだ。だから……」 「ん、そっか。うん、わかった」 　たぶんだめだろうとは思っていた。ただちゃんと確認しておかないと、勝手につないでしまいそうで怖くて聞いた。 　残念だけど仕方ない。俺だって、変装をしてるから平気なだけなんだ。 　そのかわり俺は、赤信号で手をつないだ。 「お、おい、ノブ……っ」 「車の中だけだから。ね？」 　そう笑いかけると、壱成はかすかに頬を染めて俺を見て、あとはずっと手を凝視していた。 　もしかして手をつなぐのも初めてかな。だんだんしっとりとしてくる壱成の手が愛おしすぎる。……つうか俺も初めてじゃん。 　目的地について、まずお昼を食べた。 　なにを食べるか決めるのは簡単だった。壱成とは食の好みが似ている。それを知っているから、俺が食べたいものを伝えると「好みが合うな」と嬉しそうに顔をほころばせた。 　映画を観ようと言ったときも、壱成はわかりやすく笑顔になった。 　壱成が欠かさず観ているシリーズ物の洋画の新作がちょうどやっている。壱成にすすめられて見始めた俺も大好きなアクション映画。忙しくて観に行けないと壱成がぼやいていた。 　だからここでも俺は、これが観たいと素直に言った。 「ノブとはなんでも好みが合うな。俺もこれが観たかったんだ」 　満面の笑みで驚く壱成が死ぬほど可愛くて、人がいっぱいいるのに思わず抱きしめてしまいそうになった。やばい。自制がきかない。俺はぐっと拳をにぎった。 　壱成は、やっぱりノブの前では表情が柔らかい。仕事中の厳しい顔は、あれはやっぱり仕事用の顔なんだ。 　きっとずっと気を張っているんだろう。だからなんでも先読みができて万能なんだ。 　仕事から離れた穏やかな壱成を、きっとメンバーの誰も知らない。俺だけが知っているんだと思うと優越感でいっぱいになった。 　 「はぁーもう最っ高っ！　映画館で観られてよかったーっ！」 「だな。やっぱりアクション映画は映画館で観なきゃだな」 　空になった飲み物とポップコーンの容器を、所定の場所に捨てながら壱成と盛り上がって話していると、後ろから「壱成？」という声が聞こえて振り返った。 「やっぱり壱成だ」 　声をかけてきた男が、俺たちと同じようにゴミを捨てながら壱成に言った。 「最近全然店に顔出さないな？　……なんだ、別の男が見つかったから来なくなったのか？」 　男は俺を一瞥してそう言った。 　一瞬で壱成を抱いていた男だとわかった。 　一見優しそうな、でもどこかいけすかない感じの男だ。 　『別の男が見つかった』なんてそんな言い方、もし俺がただの友達だったら変に思うだろっ。同類ならわかるだろうがっ。ふざけんなっ。 　　 「そんなんじゃない。ただ忙しかったんだ」 　壱成は無表情で淡々と答える。 「ふうん。また来いよ、いつでも相手になるからさ」 「…………仕事が落ち着けばな」 　壱成は男にそれだけ言うと「行こう、ノブ」と背中を向けて歩き出す。 　俺は殴りたい気持ちを抑えて男に背を向けたが、「なあ、あんたも、そうなんだろ？」とコソッと言われ、足が前に出なかった。 「あいつ、楽でいいよな？」 「あ？」 　思わず振り返った。 「な、店変えたんだろ？　あいついまどこ行ってんの？　教えてよ。あんな楽なやつ他にいないからさぁ」 　怒りで頭が沸騰して殴りかかりそうになった。 　でもそこで“京”としてのブレーキがかかる。だめだ、そんなことをしたら問題になる。 　でもすぐに、いや違う、いまはノブだった。と思い出し、男の顔をめがけて拳を振り上げたところで、後ろから腕をつかまれた。 「やめろノブっ」 「離せ！」 「いいからっ、行くぞっ」 「壱成！」 　壱成に引きずられながら、俺は男を振り返り睨みつけた。 　男は俺たちを見て「なんだあれ」と無表情で鼻で笑った。その冷ややかな笑いに体中が怒りで燃えあがる。 　一発殴らないと気がすまなかったが、壱成はそれを許してはくれなかった。俺を引っ張ってずんずん歩き、人けのない階段の踊り場まで来ると俺を壁に押し付けた。 「ノブっ、なにやってんだっ！」 「だって！　あいつ壱成をっ」 　言い返そうと思ったとき、壱成が深い息をついて俺の肩に頭をトンと預けてきた。ドクンと心臓が跳ね上がる。こんな不意打ちはマジでやばい。 　手つなぎも嫌がったのに、まさか外で壱成の熱を感じることができるなんて思わなかった。 　ましてや壱成のほうから俺にふれてくるなんて……もう心臓が痛すぎてマジで苦しい。