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第12話 壱成とデート 3
「い、壱成?」
「……暴力はだめだ。殴るほうだって怪我するんだぞ」
「だってあいつ、壱成のこと……っ」
と言いかけて、壱成には聞こえていなかっただろうと思い直し口をつぐんだ。
あんな言葉、絶対に教えられない。
「…………ねえ壱成。お願いだから、もうあいつのいる店には行かないで」
壱成の頭を包むように抱きしめキスを落とす。
「…………行かないよ」
「本当?」
「行くわけないだろ。だって俺は……」
「……なに?」
「……いや。行かないから、大丈夫だ。俺はもう……性処理扱いなんて二度とごめんだ」
「……性、処理…………?」
さっき、あの男はそんなあからさまな言葉は使ってない。壱成に聞こえないようコソッと話してきたくらいだから、あいつが壱成に言ったとも思えない。
「……聞いたんだ」
「え?」
「あいつがそう言って笑ってるのを聞いた。だから店を変えたんだ。……昨日は、前の店ではなにもないと嘘を付いた。すまない」
「なんでっ。壱成が謝ることじゃねぇじゃんっ。あーもーっ!! やっぱあいつぶん殴ってくるっ!!」
壱成を振り払って走り出そうと思ったのに、ははっという笑いが耳元に響いて動きを止めた。
「なんで笑ってんのっ?」
「ノブは怒ると口が悪くなるな。昨日もそうだった」
ギクッとした。またノブの仮面がはがれて京になっていた。
「本気で怒ってくれてるとわかるから嬉しいよ、ノブ。ありがとう」
「怒るよ。当たり前でしょっ」
そういえばさっきの壱成も『やめろっ』『なにやってんだっ』って、まるでいつもの“榊さん”だった。きっと本気で注意してくれたんだ。
「ノブ、もしかしてそっちが素なのか?」
「えっ……」
「そうなんだろ?」
「いや、えっと……」
肩から顔を上げた壱成は、どこかスッキリとしたような吹っ切れたような表情をしていた。
「いつも素でいてくれよ」
いや、だめだよっ。さらに京に近づいちゃうじゃんっ。
せっかく必死で京の雰囲気を消してるのにっ。
「ノブ。俺はこれからもずっとノブに会いたい。会ってくれるか?」
「そんなのっ、もちろんだよっ!」
「じゃあ、これからは素のノブに、本物のノブに会いたい。いいだろ?」
「…………っ」
壱成の言葉がグサグサと胸に刺さる。
本物のノブなんて存在しないのに……。
「…………う、ん。わかった。じゃあ壱成も、素の壱成がいい」
「俺はずっと素だぞ?」
「さっきの、『なにやってんだっ!』って、あんな壱成初めて見たし」
「そ、うか? そうなのか。ああ、たしかにネコ被ってたかもな。昨日会ったばかりだしな」
「んじゃあ、もうお互い素ってことでっ。そのかわり幻滅は無しだかんな?」
もうバレたらどうしようなんて考えるのはやめよう。
どうなってもシラを切り通す。俺は営業マンのノブ。ただのリーマンだ。
壱成と恋人になりたい、ただの男だ。
でも京のまんまをさらけ出すのは危険だな……程々にしよう。
「うん、いいな。自然なノブのほうが、なんかしっくりくる」
「そっか? でもちょっとガキっぽくなっちゃうんだよなぁ」
「ノブ、歳はいくつなんだ?」
あ、しまった。言うんじゃなかった。
「……んー。俺ら、きっと同じくらいだよな?」
「いや、俺は若く見られがちなんだ。これでももう三十二だ」
歳の話はしたくなかった。
また京に近づいてしまうから、本当のことなんて言えない。これ以上ウソを増やしたくなかった……。
「えーっ。マジか、同じくらいだと思ってた」
「ノブは?」
「……二十七だよ」
五つもサバを読んだ。
俺のうそに、壱成は予想どおりだと笑顔になった。
胸がチクチク痛んだ。
ショッピングモールを出て適当に車を走らせ、俺たちはドライブ気分も味わった。
「壱成、今度はさ、マジでドライブ行こうよ。俺、車走らすの好きなんだ」
「俺もドライブは好きだ。あてもなく走るのは気持ちいよな」
「あ、壱成も運転する? 交代でもいいよ」
「いや、助手席も新鮮でいいな」
「おっ、ならよかった。じゃあ今度のデートはドライブな。絶対。約束っ」
「ああ、約束な」
次の約束がこんなにも嬉しいのは初めてだ。
赤信号の手つなぎも、壱成は微笑むまでになってくれて、本当に幸せでふわふわした。
「家まで送るよ。あ、抵抗あったら、駅にすっけど」
夕飯を食べたあとの車の中。名残惜しいけど一日が終わる。
映画館での最悪なひとコマが無ければ、こんなに楽しくて幸せなデートは初めてだった。
思えば俺は、壱成に初めて出会った頃からずっと壱成を理想としてる。本気で好きな人とのデート自体が初めてだったんだと気がついた。
「家に寄らないのか?」
「え?」
「ああ、ホテルのほうがいい?」
「……なに、言って」
「セフレなんだから、会ったらやるだろ?」
壱成の口からセフレと聞かされて、心臓がにぎりつぶされるような痛みが走る。
わかっていても言葉にされるとつらかった。
「壱成、今日は帰ろ? 家まで送るからさ」
壱成にそればかりだと思われたくない。
今日はデートだ。このまま恋人気分で終わりたい。
「……そうか」
壱成はそうつぶやいて、ふいっと窓のほうを向いた。
一瞬見えた顔が、昨日の諦めたような顔と同じ気がして胸がざわついた。
「壱成?」
赤信号になって、俺はまた手をつないだ。
すると、にぎった壱成の手にぎゅっと力が込もる。
「ノブ」
「うん?」
「……抱いてくれないか?」
窓からゆっくりとこちらに向き直り、壱成が熱い視線で俺を見つめた。
「今日もノブに抱かれたいんだ」
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