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第14話 壱成を恋人に *
嫌がる壱成を説き伏せて二人でシャワーを浴びた。
昨日も一緒のシャワーを嫌がっていた。壱成の身体を洗いながら理由を聞くと困った顔で俺を見る。
「……また入れてほしくなって、つらくなる」
そんな可愛いことを言うから、俺のそこがまた元気になった。
それに気づいた壱成は信じられないというように目を見開く。
「……嬉しいよ、ノブ」
「…………っ」
もうほんと、可愛すぎだって……壱成。
俺の知ってる壱成からは想像もつかないほど可愛い一面がいっぱいで、本当にやばすぎる。
「入れてくれるか?」
「いいよ。でも壱成、それならベッドに行こ?」
「どうして……このまま、ここでいいから」
「死ぬほど優しく抱くって、昨日言ったじゃん」
「……ノブは、どこでやっても優しい。ちゃんとわかってるから大丈夫だ」
「いや……大丈夫じゃなくて、ベッドに……」
「いまほしいんだ。入れてくれ。……ノブ」
そんなことを言って潤んだ瞳で唇にキスをしてくる壱成に、襲わずにいられるわけがなかった。
「壱成……っ」
「はぁ……っ、あ……っ、……ノブっ……」
そればかりだと思われたくなかったのに、自制が効かない自分が情けなくなる。
もう少し可愛げがないと萎えると言ったヤツは誰なんだ。本当にバカなヤツら。
でも壱成が可愛いのは俺だけが知っていればいい。もう絶対に誰にも知られたくない。
シャワーから上がると、もういい時間だった。
「壱成は明日早いの?」
「いや、明日は午後からだからゆっくりだ」
もちろんわかってた。
「じゃあ、まだいてもいい?」
「……っ、いいに、決まってる」
壱成は頬を薄く染めて口元を嬉しそうにほころばせた。
仕事中の壱成とは全然違う、ノブの前でしか見せない顔。そうはっきりと言える。この二日間で、ここまで素直に見せてくれるようになった。
言ってしまっても、いいだろうか。
京としては決して言えない言葉を。ノブとしてなら言ってもいいかな。どうしても……言いたい。
「こんな時間にコーヒーはないよな。麦茶でいいか?」
「ん。ありがと」
ソファに座り、用意してくれた麦茶を二人で飲んだ。
そして、まだ壱成の手の中にあるグラスをそっと取り上げてテーブルに置いた。
「……ノブ?」
「壱成」
壱成の腕を引き寄せてそっと抱きしめる。
「ノ、ブ……」
朝まで一緒にいることはできなくても、いっぱい愛してあげることはできる。セフレなんかじゃなく、ちゃんと恋人として。
俺は壱成を抱きしめる腕にぎゅっと力を込めて、想いを口にした。
「壱成……好きだ」
腕の中で壱成がふるっとかすかに震えた。
「まだ出会ったばっかだけど、本当に好きだ。壱成を誰にも取られたくない……。俺の恋人になってほしい。壱成」
人生初めての告白だった。声が震えた。かっこ悪……。
壱成は声を発さず、ただ静かに身体を震わせていた。
そんな壱成の背中を優しく撫でる。
「ねぇ壱成。俺たち、付き合お?」
壱成の手が、俺の服を強くにぎりしめた。
「……ノブ」
「うん?」
「……俺は……ノブの名前も、ちゃんと知らない」
ハッとした。そうだ、名前っ。
「苗字も知らないし、ノブなのかノブユキなのかノブヒロなのかも知らない」
俺は焦った。適当に苗字を言おうかと思い、でもまたウソが増えていく……と躊躇した。そのわずかな時間がダメだった。
「……もしかして、“ノブ”も偽名だったか?」
そう言って顔をあげた壱成に、ギクリと反応したのをはっきりと見られてしまった。
「……やっぱりそうか」
きっと、俺の顔はいま青くなっているだろう。なにも弁解できない。
どうしよう、どうしたらいいのかわからない。頭が真っ白になる。
恋人どころか、壱成とこうして会うこともできなくなったら……。
「い、壱成……っ」
壱成はそんな俺を見て、優しく微笑んだ。
「そんな顔するな」
「…………え」
「バーでは偽名なんて普通だ。気にしてない」
壱成の言葉と表情に救われ安堵して、途端に手が震え出す。
壱成の柔らかな表情で、絶望から一気に救われた。
恐ろしかった……。俺はもう、壱成を失いたくない……。
「俺も、ノブが好きだ」
「……えっ」
「セフレとしてな」
「…………セ……フレ……」
そうか……。壱成は俺をセフレとしか思ってないのか……。
それはそうだよな。昨日バーであっただけの男だもんな……。
俺がもしさっきウソの名前を躊躇なく言えていたとしても、壱成とは恋人にはなれなかったんだな。
顔を赤らめたり、熱のこもった視線も、ただ免疫がないから。それだけだったんだな。
…………本当に……?
「ウソの名前でも、それでもいい。だからこのままセフレでいてくれ」
「壱成……」
俺の膝をポンとたたいて壱成は微笑んだ。
セフレという言葉が胸を突き刺す。
俺は……壱成の恋人にはなれなかった……。
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