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第18話 ずっと壱成とこうしていたい

 よく寝ている壱成の首元にふれて熱を確認する。  たぶん解熱剤のおかげではあるだろうが、来たときの高熱よりかはだいぶ下がっていた。穏やかな寝顔の壱成にホッと息をつく。  壱成が寝ている間に買ってきたジェル枕は冷凍庫で冷やしているが、このまま使わずに終わるならそのほうがいい。  もう少しでお昼だ。  俺はパウチの白粥を袋から取り出し、温めることにした。    寝室のサイドテーブルにお粥と水と薬を準備した。  本当に気持ちよさそうに眠っている。このまま寝かせてあげたいな、と思いながらサラサラの髪にふれた。  いつもワックスでセットされてる壱成の髪。ベッドでしかふれることができない、このサラサラの髪が俺は好きだった。 「……ん…………」  壱成の目がゆっくりと開き俺を見た。  俺は髪の毛をいじる手を止めずに壱成に微笑んだ。 「……ノブ」  「ごめん、起こしちゃったな。でもちょうどお昼だよ」 「まだ……いてくれたのか……?」  もうほんと、なにその可愛いセリフ。  壱成がたびたび口にする『まだいてくれるのか?』に俺はいつも心臓がやられるが、目覚めた直後の『まだいてくれたのか?』は、さらにクる。  いますぐ抱きしめたくなるからやめてくれ。 「お昼になったら起こすって言ったろ?」    壱成の言葉の端々に、たびたび俺への好意のようなものを感じる。  そのたびに俺は、ウソの名前を言えなかった自分を後悔していた。言えていたらもしかしていまごろは……。どうしてもそう思ってしまうんだ。 「そう、だったな。……なにか用事はないのか? せっかくの休みなんだから、もう帰っていいよ」 「用事ならあるよ?」 「じゃあもう……」 「壱成の看病っていう用事な?」  そう俺が笑いかけると、壱成はまたぐっと言葉を呑み込んだ。  でも俺はもう「なにを呑み込んだ?」とは聞かない。  壱成がぐっとなるのは、俺が恋人のようなセリフを言ったときだとわかっているからだ。   「とりあえず水分取りな」  と俺は壱成にスポーツドリンクを手渡す。  ありがと、と受け取って身体を起こし、壱成はペットボトルの半分ほどを一気に喉に流し込んだ。  熱を測ると三十七度八分。薬が切れたらまた上がりそうだな……。 「お粥、食えそう?」  お粥をトレーごとベッドの上に移すと、壱成は目をパチパチさせてお粥と俺を交互に見た。 「ノブが作ったのか?」  俺の料理音痴を知っているから驚いて当然だな、と苦笑する。  俺と違って料理ができる壱成は、たまに夕飯を作ってくれることがある。  最初俺が手伝ったとき、包丁を使う俺にハラハラした顔をして、調味料を入れる俺に「え!」と声を上げ、「もういいから座っててくれっ」と青い顔をしていたっけ。  そのときの壱成の顔を思い出し、俺は小さく笑った。   「まぁね。食ってみ? うまいから」  若干おそるおそるというように、お粥をすくったレンゲを口に運ぶ壱成が可愛い。   「ん、うまい……」  びっくりしたように目を見開いて俺を見た。 「おいしいよ、ありがとう、ノブ」  嬉しそうに顔をほころばせる壱成に、俺は指で頬をかいた。 「あー……ほんとはそれ、元はレトルトなんだ」 「……あ、なんだそうか」  ちょっと残念そうに笑ったあと「……元? 元って?」と不思議そうな顔をする。 「白粥じゃ味気ねぇなって思って、ネット見てさ。鶏ガラスープの素と溶き卵入れたんだ。それくらいなら俺でもできた」 「……わざわざ調べたのか。ありがとう。嬉しい。本当においしいよ」 「壱成のキッチンほんと整頓されてるよな? 鶏ガラスープってなんだよって思ったけどすぐ見つかったわ」 「…………おいしくできて、本当によかったよ」 「ん?」 「……いや」  なんか引っかかったが、壱成が笑ってるからまあいいか。   「俺、自分が白粥苦手だからさー。ちょっとでもうまいほうが、たくさん食えんじゃん? 全部食えそ?」 「ああ、一口食べたら急にお腹が減ってきた」 「ゼリーと、バナナと、りんごもあるし、食えるならいっぱい食えよな」  俺がそう言うと「包丁のいらない物だけでいい」と壱成が言った。こんにゃろう……。  お粥を完食しゼリーを少しだけ食べた壱成は、薬を飲んでまたベッドに横になった。 「もう本当に帰っても――――」 「もーしつこいぞ? 壱成がもう大丈夫って思ったら帰るから、頑張って元気になれよ」 「…………わかった」 「よし」  壱成のベッドにもたれて、俺はスマホをポチポチいじる。  壱成に会うときは壱成専用だけ持ってきていた。京のスマホなんてうっかり見られたらおしまいだ。   「ノブ」 「ん、どした? 寝れねぇの?」  壱成をふりかえると、額のシートがはがれそうなのが目に入る。  新しいジェルシートに貼り替えてあげると、冷たそうに顔をしかめた。    「全然……眠れそうにない。……ノブ、なにか話をしてくれないか」  熱で弱ってる壱成が甘えてくるって……マジでやばい。  可愛すぎだろって。あー抱きしめたい。  俺は壱成の手を取ってぎゅっとにぎった。いまはこれで我慢しよう。  不意の手つなぎに慣れてきている壱成は、ちょっとだけ照れくさそうに、にぎり返してくれた。 「いいよ。んーじゃあ、桃太郎かな」 「え?」 「むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました」 「ははっ」 「なに、ダメ?」 「いや、桃太郎、聞きたい」 「んじゃ続きな。おばあさんは山に柴刈りに、おじいさんは川へ洗濯に行きました」 「くっあははっ」 「ん? なんで笑ってんの?」 「ははっ。な、なんでもない。続き早く」 「なんだよー。おじいさんが川で洗濯をしていると、どんぶらこーどんぶらこー。おおぉきな桃が流れてきました。『なぁんと大きな桃じゃろう! 家に持って帰ろう!』とおじいさんは背中にかついで家に帰り…………あれ? 桃持って帰ったのっておじいさんだっけ?」 「くっははっ」  壱成が本当に楽しそうに笑うから、俺は調子に乗って身振り手振りも加えて感情込みで桃太郎の話を続けた。 「こうして、桃太郎はおじいさんとおばあさんの待つ家に帰り、みんなで幸せにくらしましたとさ。おしまいっ」 「……はぁ、桃太郎でこんなに笑ったのは初めてだ」 「俺も桃太郎でこんなに笑う人初めて見たよ」 「あはははっ」  なんかよくわからないが、壱成が楽しそうに笑ってるのが嬉しくて、なんだかすごく幸せで、ずっと壱成とこうしていたいと思った。  

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