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第19話 ウソが増えても
「すまん。寒気がしてきた……。少し寝るな……」
「なに謝ってんの。俺のことは気にすんなって。ずっとそばにいるから、安心して寝な。おやすみ壱成」
「……おやすみ……ノブ」
壱成がブルブル震えるほど寒がっていてオロオロする。寒いってことはまた熱が上がるってことだよな。マジか、どんだけ出るんだろ……。
俺はクローゼットを勝手にあさって毛布を見つけ出し、布団に丸まって眠る壱成の上にさらに毛布を掛けた。
寒いのに冷却シートは無いよな? と額のシートをはがす。
あとできること、なんかねぇかな……。
スマホでいろいろ検索したが、もう俺がしてやれることはなにもなかった。
熱が上がりきったら手足が温かくなるらしい。そうしたら解熱剤を飲ませて、冷却シートと氷枕だ。
俺は何度も壱成の手の温度を確認した。
はやく元気になって笑ってくれよ、壱成。
「三十八度六分か」
熱が上がり切り、まだまだ高いとはいえ三十九度は超えなかった、と少しホッとした。
「ちょっと下がってきてんな」
「……もっと下がってくれないと困る」
「大丈夫。ちゃんと下がるよ」
ぐったりとした壱成に解熱剤を飲ませると、またすぐに眠りに落ちた。
寝ている壱成を冷却シートと氷枕で冷やし、俺はとりあえずは安心できた。震えてつらそうな壱成をただ見てることしかできないのは本当に苦しかった。
熱が下がったら汗が出るんだっけ。さっき見た情報を思い出して着替えを用意した。パジャマも下着も、どこにあるのかを把握できるくらいにはもう壱成の家の中はわかっていた。
簡単に家事を済ませて壱成を見に行くと、顔の赤みも無くなりスヤスヤと眠っていた。首をさわっても熱くない。よかった、とホッと息をつく。
汗はどうだろう。確認をしようと襟元をさわってみたがよくわからない。
ちょっとだけ悩んだ末、仕方ないなと布団を剥いでパジャマのすそから手を入れて中を確認する。パジャマの中のシャツが汗でびっしょりだった。
え、これ昼は大丈夫だったのか? 朝の熱が下がってからずっとだったんじゃ……。
「……やりたいのか?」
突然壱成の声が聞こえて顔を上げた。起きたのか。
……てか、いまなんて言った?
「やりたいなら、シャワーに入って準備……」
「はぁっ?! ばっかじゃねぇの?! なに言ってんだっ!!」
一瞬で頭が沸騰して怒鳴りつける。
俺をなんだと思ってんだよっ!
けれど、俺を見る壱成の目が笑っていて、すぐにからかわれたと気がついた。
「冗談だ」
「ふ、ふざけんなっ! 笑えねぇんだよっ!」
「……ノブ」
「なんだよっ!」
「ありがとう」
「な、なんだよあらたまって。……いいから着替えろよ。汗だくだ」
「……本当に、ありがとな。ノブ」
顔いっぱいに笑顔を浮かべて、噛み締めるようにゆっくりと伝えられたお礼。
でも、俺はなにもしていない。つらそうに寝ている壱成のそばで、オロオロすることしかできなかった。
「俺はなんもしてねぇよ。もっとしてやれること、あると思ったのに」
「ノブは、本当に優しいな」
「……っ、もう、いいからはやく着替えな。……あっ、ホットタオル忘れてた! 作ってくるからちょっと待って」
「いやいい。ちょっとシャワーを浴びてくるよ」
「ダメだって。いま無理したらまた熱上がるかもしんねぇじゃん。タオルで拭いてやるから、ちょっと待ってな」
ちゃんと待ってろよ! と走りながら念を押した。
濡らしたタオルを袋に入れてレンジをかけ、熱々にしたものをニ枚用意して戻る。
「ちゃんと待っていられたじゃん。えらいえらい」
「……いい子だろ?」
二人で顔を見合わせて笑った。
「壱成は前拭いて。俺は後ろ拭くから。熱いから少し冷ませよ?」
「……こんなこと、親にもしてもらった記憶がない」
「俺もない。ネットで見たまんまやってるだけだよ」
「本当に、ありがとな」
「もういいって」
身体を拭いて着替えさせ、嫌がる壱成をまたベッドに寝かせた。
「もう寝なくてもいい。熱は下がったよ」
「だーめ。薬で下がってるだけだろ」
「……もう寝るのは飽きたんだ」
「ガキかよ」
ぶはっと吹き出すと壱成も一緒に笑う。
「じゃあ、次はなにを話してくれるんだ? 金太郎か?」
クスクス笑いながら聞いてくる壱成に、俺は優しく頭を撫でながら静かに切り出した。
「なぁ、壱成」
「ん、なんだ?」
「少しさ。会う頻度、減らそうか」
壱成の顔が一瞬で強ばったのが、マスクをしていてもはっきりとわかった。
「な……んで……」
「壱成ちょっと無理してるだろ? 休み全部、俺と会ってんじゃね? たまには会わずにさ。ちゃんと身体休ませな?」
そんな顔しないで壱成。俺はただ、壱成にちゃんと休んでほしいだけだから。
「……全部じゃない。ちゃんと休んでるよ。先週は一度も会わなかっただろ?」
先週は休みがなかったからだろ、と心の中で言い返す。
ノブとして壱成と会うようになってから、壱成はすべての休日を俺と一緒に過している。連絡の無い日は一度もなかった。
壱成は今日、十日ぶりの休みだったのに、それでも俺と会う約束をした。俺はそれをわかっていたのに、会いたい気持ちを優先した。
壱成が体調を崩したのは俺のせいだ。ちゃんと休ませないとダメなのに。
でも、ちゃんと休んでいるとウソをつく壱成に、どう言えばいいんだろう。
「壱成、最近疲れてたんじゃねぇ? だから熱出たんだろ。そういうときは、今度からキャンセルしろな」
「……疲れてない。ただ急に熱が出たんだ。たまたまだ」
「壱成……」
「ぁ……明日も休みだし、俺は大丈夫だ。本当にちゃんと休んでるから」
明日は午前中から収録が入ってるだろ。なんでウソつくんだよ。
なんでそんなに、俺と会おうとすんの?
こんなの、もうセフレじゃねぇだろ。
だったら俺と、恋人になってくれればいいじゃんか……。
本当の名前も教えられないくせに、俺は自分勝手な思考を止めることができなかった。
この二ヶ月、何度も何度も期待した。
頬を染める壱成に、言葉を呑み込む壱成に、抱かれながら俺を見つめる熱い瞳に、どうしても期待せずにはいられなかった。
やっぱり、そうなんだろ?
セフレだなんて本当は思ってないんだろ?
俺が好きなんだろ?
じゃなきゃ説明つかねぇだろ。こんな必死に、俺と会おうとするなんて。
ごめん、壱成。ごめんな……。
なにもかも全部、俺のせいだ。
俺が偽名のままでいるから、心から信用することができないんだろう。そんなの当たり前の話だ。
俺が偽名でいるかぎり、壱成が本当の気持ちを伝えてくれることはないだろう。
でもだからといって、京だと告白すれば俺たちは終わる。
それなら、答えはひとつだ。
ウソが増えたとしても、俺は壱成を恋人にする。
恋人になれば、もう遠慮なく仕事の日だって会いに来られる。ちょっとの時間でも一緒にいられる。
恋人だという安心感があれば、こんな無理をやめてくれるかもしれない。
壱成が素直に甘えられる存在に、俺はなりたい。
布団をにぎりしめている壱成の手を、両手で優しく包んでぎゅっとにぎると、俺は壱成を見つめて言った。
「壱成。もう一度、告白をやり直したい」
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