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第21話 泣いたのか? ♢壱成♢

「一つ前のリハが押してるそうだ。どうする? このままスタジオで待つか? いったん戻る?」  メンバーみんなに聞こえるよう確認しながら、リーダー秋人の返事を待つ。  今日は大型歌番組の収録で一日拘束される予定だった。 「んー、移動時間もかかるしここでいいよな?」 「だな、いつ終わってもすぐ入れるしな」 「榊さん、俺たちここで待ちます」 「了解」  俺はその場を離れ、担当ADに伝えに行った。  そのまま隅に移動し、周りに背を向けるようにして壁に寄りかかる。  やっぱり、まだちょっとしんどいな。  首元に手をあてて熱をみたが、自分ではわからない。  参ったな、とうなだれたとき、不意に額に誰かの手がふれて驚いて顔を上げた。 「……なんだ、秋人か。驚かすな」 「榊さん、大丈夫? 体調悪いなら楽屋で休んでていいですよ」 「……いや、すまん。大丈夫だ」 「本当に? んー。じゃあ、はいこれ」  と秋人に栄養ドリンクを渡された。  それも、薬局に売っているちゃんとしたやつだ。 「どうしたんだ、これ」 「さっきサブマネに買ってきてもらった」 「俺のために?」 「そ。ちゃんと薬と飲み合わせてもいいやつ。だからちゃんと飲んでくださいね」 「ああ、それは助かるが……なんで薬を飲んでることまで知ってるんだ?」 「え? んー、飲んでるかもなって思ったんじゃねぇかな?」  なんか変な言い方だな。誰がそう思ったんだ? 秋人じゃないのか? 「……てか、内緒なんだけどね?」 「内緒?」 「本当は俺じゃなくて、京が用意してた。かわりに渡してくれって」 「京が?」 「うん、内緒だよ?」 「なんで内緒なんだ?」 「うーん? なんでだろ?」  俺も知らない、と不思議そうな顔をする。  なんで京はそんな面倒なことを? と思い首をかしげた。 「なんか朝からずっと榊さんのこと心配してましたよ。俺は具合い悪こと全然気づかなかったのに。さすが京ですね」  そういえば、いつもはうるさいくらいにそばにいる京が、今日は静かだったなと思い返す。俺の体調不良に気づいたなら、そばであれこれ言うだろうに、どうしたんだろう。 「あー、あのさ、榊さん」  どこか言いずらそうに、そして周りに聞こえないような小さな声で秋人が言った。   「なんだ?」 「京って……さ、榊さんにすげぇ執着してません?」 「執着? そうか?」 「俺がBLドラマのときに榊さんに言われた言葉がさ。まるで京みたいだなって最近思ってて」 「なんだ、どんな言葉?」 「最初から執着してた。おかしかったって」 「……お前のあれと比べるのか? 京は全然まともだろ」 「俺たちはドラマで距離感バグってたからね。でももしバグってないやつの執着だとしたらどうです? 同じじゃない?」  秋人はなにが言いたいんだ、と俺は眉を寄せる。 「京ってさ。あのときの俺と同じな気がするんですよね……。きっと無自覚で執着してんの。榊さんに」 「考えすぎだろ」 「うーん、だったらいいんだけど……。榊さん恋人できたんですよね? だったら……京にさ。早いうちに、さりげなく引導を渡してあげてほしいんです。気持ちに気づく前に。……じゃねぇと……本当にそうだったとき、つらすぎるからさ」  秋人はなにを心配してるんだ、とちょっとあきれた。  あのドラマのとき、秋人は本当に最初からベッタベタで執着度合いがおかしかった。  京は確かに俺になついてはいるが、あれはただ兄ちゃんになつく弟だろう。と苦笑した。秋人も心配性だな。  京。あいつ、俺が調子悪いことに気づいて心配してくれたのか。  栄養ドリンクって、可愛いな。  遠目から京を見る。今日はなんだか元気がないな、めずらしいなと心配になった。  京は自分がつらいときでも、周りに心配かけまいといつも明るく元気に振る舞う。それをわかっているから、余計に気になった。よっぽど元気がない証拠だからだ。  俺は京がくれた栄養ドリンクを、グイッと一気に飲み干した。  そしてまた蓋を閉め直し、それをスッとポケットに入れた。  収録が無事に終わり楽屋をあとにする。  送迎ワゴンに乗り込む際、迷わずサブマネの方に行く京の腕を取る。 「……っ、え」 「お前、今日はこっちだろ」 「え? あ、そっか。すんません」 「どうした、ボーッとして。お前も体調悪い?」 「……お前、も?」 「ああ、ありがとな。栄養ドリンク。あれ結構効くな? おかげでかなり楽になったよ」 「はっ? ……んだよっ、秋人のやつ……っ。内緒でっつったのに……っ」  本気で焦っているような、怒っているような京に面を食らった。「あれバレちゃった?」くらいの反応を想像していた。  ……まずかったかな。秋人すまん。   「なんで自分で渡しに来なかった? なんか元気ないし、お前どうした?」 「いや、なんでもないです。リーダーが渡した方がいいと思っただけ」  いつもなら絶対にそんなこと気にしないのにおかしいだろう。  なんなんだ?  隣のワゴン車まで移動して、さっさと乗り込もうとする京の手を取って額にふれた。 「さ、榊さ……」 「うん、熱は無いな」 「本当に、なんでもないんで」 「おい、ちょっと待て」     不自然に顔をそらそうとする京の顔を両手ではさんで覗き込む。  そうしてから気がついた。京とこんなに近づくのは初めてだ。  まるでノブとキスをするときの距離。急に胸がドキドキして慌てて手を離そうとしたとき、ふとホクロが目に入った。右目のすぐ下にある色の薄いホクロ。    あれ……? ノブと……同じ……?  近づかないとよく見えない薄いホクロ。キスをするときに、ときどき目に入るそのホクロが俺は好きだった。  すごい偶然……だな……。 「さ、榊さん、あの」  京の声にハッとして目を合わせた。  そうしてようやっと気づく。京の目が少し腫れていた。くっきり二重が、若干だがむくんでいる。 「京、泣いたのか?」 「…………あー……、バレちゃった」 「収録日になにしてんだ。なにがあった?」 「あー……いやさ。昨日うっかり『蛍の子』観ちゃってさ。俺あれ号泣しちゃうんですよ。でもちゃんとメイクさんに誤魔化してもらったから、大丈夫っ」 「あー、あれは泣いちゃうよな。って、泣くってわかっててなんで観たんだ。バカ」  額をペシッとはたくと、へへ、と笑う京に、なぜだか俺はホッとして苦笑した。  チラッとまたホクロを見てみたが、よく見ればノブよりもちょっと濃い気がする。場所だってちょっとズレてるかも……。そうだよな。  しかし本当にすごい偶然だな……。  

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