21 / 75
第21話 泣いたのか? ♢壱成♢
「一つ前のリハが押してるそうだ。どうする? このままスタジオで待つか? いったん戻る?」
メンバーみんなに聞こえるよう確認しながら、リーダー秋人の返事を待つ。
今日は大型歌番組の収録で一日拘束される予定だった。
「んー、移動時間もかかるしここでいいよな?」
「だな、いつ終わってもすぐ入れるしな」
「榊さん、俺たちここで待ちます」
「了解」
俺はその場を離れ、担当ADに伝えに行った。
そのまま隅に移動し、周りに背を向けるようにして壁に寄りかかる。
やっぱり、まだちょっとしんどいな。
首元に手をあてて熱をみたが、自分ではわからない。
参ったな、とうなだれたとき、不意に額に誰かの手がふれて驚いて顔を上げた。
「……なんだ、秋人か。驚かすな」
「榊さん、大丈夫? 体調悪いなら楽屋で休んでていいですよ」
「……いや、すまん。大丈夫だ」
「本当に? んー。じゃあ、はいこれ」
と秋人に栄養ドリンクを渡された。
それも、薬局に売っているちゃんとしたやつだ。
「どうしたんだ、これ」
「さっきサブマネに買ってきてもらった」
「俺のために?」
「そ。ちゃんと薬と飲み合わせてもいいやつ。だからちゃんと飲んでくださいね」
「ああ、それは助かるが……なんで薬を飲んでることまで知ってるんだ?」
「え? んー、飲んでるかもなって思ったんじゃねぇかな?」
なんか変な言い方だな。誰がそう思ったんだ? 秋人じゃないのか?
「……てか、内緒なんだけどね?」
「内緒?」
「本当は俺じゃなくて、京が用意してた。かわりに渡してくれって」
「京が?」
「うん、内緒だよ?」
「なんで内緒なんだ?」
「うーん? なんでだろ?」
俺も知らない、と不思議そうな顔をする。
なんで京はそんな面倒なことを? と思い首をかしげた。
「なんか朝からずっと榊さんのこと心配してましたよ。俺は具合い悪こと全然気づかなかったのに。さすが京ですね」
そういえば、いつもはうるさいくらいにそばにいる京が、今日は静かだったなと思い返す。俺の体調不良に気づいたなら、そばであれこれ言うだろうに、どうしたんだろう。
「あー、あのさ、榊さん」
どこか言いずらそうに、そして周りに聞こえないような小さな声で秋人が言った。
「なんだ?」
「京って……さ、榊さんにすげぇ執着してません?」
「執着? そうか?」
「俺がBLドラマのときに榊さんに言われた言葉がさ。まるで京みたいだなって最近思ってて」
「なんだ、どんな言葉?」
「最初から執着してた。おかしかったって」
「……お前のあれと比べるのか? 京は全然まともだろ」
「俺たちはドラマで距離感バグってたからね。でももしバグってないやつの執着だとしたらどうです? 同じじゃない?」
秋人はなにが言いたいんだ、と俺は眉を寄せる。
「京ってさ。あのときの俺と同じな気がするんですよね……。きっと無自覚で執着してんの。榊さんに」
「考えすぎだろ」
「うーん、だったらいいんだけど……。榊さん恋人できたんですよね? だったら……京にさ。早いうちに、さりげなく引導を渡してあげてほしいんです。気持ちに気づく前に。……じゃねぇと……本当にそうだったとき、つらすぎるからさ」
秋人はなにを心配してるんだ、とちょっとあきれた。
あのドラマのとき、秋人は本当に最初からベッタベタで執着度合いがおかしかった。
京は確かに俺になついてはいるが、あれはただ兄ちゃんになつく弟だろう。と苦笑した。秋人も心配性だな。
京。あいつ、俺が調子悪いことに気づいて心配してくれたのか。
栄養ドリンクって、可愛いな。
遠目から京を見る。今日はなんだか元気がないな、めずらしいなと心配になった。
京は自分がつらいときでも、周りに心配かけまいといつも明るく元気に振る舞う。それをわかっているから、余計に気になった。よっぽど元気がない証拠だからだ。
俺は京がくれた栄養ドリンクを、グイッと一気に飲み干した。
そしてまた蓋を閉め直し、それをスッとポケットに入れた。
収録が無事に終わり楽屋をあとにする。
送迎ワゴンに乗り込む際、迷わずサブマネの方に行く京の腕を取る。
「……っ、え」
「お前、今日はこっちだろ」
「え? あ、そっか。すんません」
「どうした、ボーッとして。お前も体調悪い?」
「……お前、も?」
「ああ、ありがとな。栄養ドリンク。あれ結構効くな? おかげでかなり楽になったよ」
「はっ? ……んだよっ、秋人のやつ……っ。内緒でっつったのに……っ」
本気で焦っているような、怒っているような京に面を食らった。「あれバレちゃった?」くらいの反応を想像していた。
……まずかったかな。秋人すまん。
「なんで自分で渡しに来なかった? なんか元気ないし、お前どうした?」
「いや、なんでもないです。リーダーが渡した方がいいと思っただけ」
いつもなら絶対にそんなこと気にしないのにおかしいだろう。
なんなんだ?
隣のワゴン車まで移動して、さっさと乗り込もうとする京の手を取って額にふれた。
「さ、榊さ……」
「うん、熱は無いな」
「本当に、なんでもないんで」
「おい、ちょっと待て」
不自然に顔をそらそうとする京の顔を両手ではさんで覗き込む。
そうしてから気がついた。京とこんなに近づくのは初めてだ。
まるでノブとキスをするときの距離。急に胸がドキドキして慌てて手を離そうとしたとき、ふとホクロが目に入った。右目のすぐ下にある色の薄いホクロ。
あれ……? ノブと……同じ……?
近づかないとよく見えない薄いホクロ。キスをするときに、ときどき目に入るそのホクロが俺は好きだった。
すごい偶然……だな……。
「さ、榊さん、あの」
京の声にハッとして目を合わせた。
そうしてようやっと気づく。京の目が少し腫れていた。くっきり二重が、若干だがむくんでいる。
「京、泣いたのか?」
「…………あー……、バレちゃった」
「収録日になにしてんだ。なにがあった?」
「あー……いやさ。昨日うっかり『蛍の子』観ちゃってさ。俺あれ号泣しちゃうんですよ。でもちゃんとメイクさんに誤魔化してもらったから、大丈夫っ」
「あー、あれは泣いちゃうよな。って、泣くってわかっててなんで観たんだ。バカ」
額をペシッとはたくと、へへ、と笑う京に、なぜだか俺はホッとして苦笑した。
チラッとまたホクロを見てみたが、よく見ればノブよりもちょっと濃い気がする。場所だってちょっとズレてるかも……。そうだよな。
しかし本当にすごい偶然だな……。
ともだちにシェアしよう!