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第22話 ノブに会いたい ♢壱成♢

 レコーディングの合間、ノブにメッセージを送ろうかどうしようかと悩み、休憩所で一人もんもんとしていた。 「あれ、なにしてんですか? 榊さん、大丈夫?」  急に京の声が聞こえて、慌てて顔を上げる。 「あ、いや。休んでただけだ」  いままでは休みをすべてノブに教えてきた。そして、ノブは本当に休みを合わせてくれる。  ずいぶん融通のきく会社だなと思ってはいたが、やっぱりよく考えるとちょっとおかしい気がする。  もしかしてノブは、有給をつぎ込んでいるのではないだろうか。大丈夫なのだろうか……。  それに、会う頻度を減らそうと言っていたくらいだ。またすぐに休みを伝えても、『たまには休め』と言って会ってくれない可能性もある。  もう体調はすっかりよくなった。ノブに会いたい。でも断られるかもしれないと思うと連絡を入れる勇気が出なかった。  いつもなら早目に伝えるのに、悩んでいるうちにずるずると時間が過ぎて、休みはもうすでに明日だった。 「また体調悪ぃ? 大丈夫?」 「……違うよ。なんでもない。大丈夫だ」 「そ? ならいいけどさ。でもなんか最近元気ないですよね。なんかあった?」 「なにも……なにもないよ」  まさかノブに会いたくて死にそうだなんて言えるはずがない。  声も聞けずに数日過ごすと、俺はこうなってしまうようだ。  メッセージのやり取りは何度かしたが、気まずいまま終わったあの日から一度も声を聞いていない。こんなに電話が来ないのは初めてだった。  よく考えると、俺は自分からはあまりかけたことが無い。いつもノブに甘えていた。  ずっと気まずいままだったらどうしようと怖くなり、俺のほうからかけようとは思うのだが、どうしても勇気が出なかった。  だから余計にもんもんとして、本当にノブに会いたくて死にそうだった。  それに、もうずっとノブに抱いてもらっていない。ずっと休めず、やっとの休みは熱を出し、そしていまに至る。  あの優しい腕に抱かれたい……。もうそればかり考えて胸が苦しい。   「本当になにもない? 絶対元気ないですよ?」 「本当だって。元気だよ俺は」    京には申し訳ないが、耳を塞ぎたくなった。  京の声にドキドキする自分が嫌で、いつも自己嫌悪におちいる。ノブの声を聞かずにいると、そんな日々にも疲れてしまう。    京は自販機でコーヒーを二本買い、一本を俺の顔にずいっと近づけた。 「びっ……くりさせるな」 「はい。どーぞ。榊さんいつもそれでしょ?」 「……ありがと」  京は椅子に腰掛けて缶コーヒーの蓋をあけた。  俺と同じ蓋付きの缶コーヒー。いつでも移動できるよう蓋付きのコーヒーを飲む俺を見て、京も真似て買いだしたのはいつ頃だったかな。 「飲まないんですか?」 「……ああ、飲むよ」  向かいに座ってコーヒーを飲む京の顔を眺めた。  本当に、髪と目の色を黒くしてメガネをかけたらノブにそっくりだ。  でも、目の下のホクロは……やっぱりノブより濃い気がする。この距離でも見えるんだからきっとそうだ。たぶん場所も少しズレている。  それはそうだろう。ホクロまで似ていたらさすがに怖い。  額にあるホクロ……あれはノブには無いだろう。頬のホクロ……これもノブにはきっと無い。  そんなことを考えながらコーヒーを飲んだ。   「榊さんさ、最近ちゃんと休んでます?」 「なん、だよ急に」  ノブと同じことを言い出す京に、ドキッとした。 「体調崩したばっかなんだから、明日はちゃんと休んでね?」 「……お前に言われなくても、ちゃんと休むよ」  ノブにそっくりな顔で同じことを言われ、感情を刺激された。  ノブに言われた『会う頻度を減らそう』という言葉をまた思い出し、むくむくと反発心がわく。京には関係ないのに、俺は思わず言い返した。 「最近知り合った人がいてな」 「……うん?」 「その人に会えない日が続くと、俺は元気が出ないんだ。会えばすごく元気になれる。だから明日も会いたいし、休みは全部一緒にいたい。それが俺の休日の休み方だ」  だから会う頻度は絶対に減らさないからな。とノブに向かって言ったつもりになる。なんだか心が軽くなった。  ノブじゃないからなにを言っても怖くない。  ノブには言えない正直な気持ちを、そっくりな京に話して満足している自分は、まるでガキだな、と苦笑した。  有給は大丈夫なのか、次会うときに聞いてみよう。 「……榊さん、その人が好きなの?」 「ああ、好きだよ。すごく大好きだ」  俺は誰かにノブが好きだと言いたかったんだと、いまわかった。心がスッキリとして霧が晴れた感じがする。 「その人は……恋人?」 「いや。俺の片想いだ」 「…………そ、っか。うまくいくといいですね」 「俺は、片想いのままでいいんだ」 「……なんで?」 「そのほうが幸せなんだ」  京は理解できないという顔で眉を寄せていて、思わず笑ってしまった。  お前はわからなくていいよ。  数日続いたレコーディングがもうすぐ終わる。  はやくノブに連絡したい。  はやくノブに会いたくてたまらなくなった。  休憩所を出ようと立ち上がると、秋人が入り口に立っていた。  「もう戻る時間だぞ?」 「……わかってますよ」  どこか怒っている秋人に首をかしげる。 「俺、トイレ寄ってから戻りまーす」  と京がいなくなると、秋人がつっかかるように俺に言った。 「なんで片想いとか言っちゃうんですか?」 「は?」 「引導渡してあげたのかと思ったのに、片想いじゃダメじゃんっ」 「引導……」  そういえばなんかそんなこと言ってたな、と思い出した。   「もしかしてもしかしたとき、京に応えてあげられるんですか?」 「もしかしたときってなんだ。だからそんなわけないだろって」 「応えられるの? どうなの?」 「無いな」  俺はノブを愛してる。 「だったら、ウソでも恋人って言ってあげてほしかった……。あれじゃ諦めらんねぇじゃん……。榊さんのバカ」 「え、おい秋人」  怒ってズンズン歩いて行く秋人にため息が出た。  だからお前の考えすぎだ。心配性め。  なにを根拠にそんな心配してるんだか……。    秋人を追いかけてスタジオに戻ろうとしたところで、思い直し立ち止まる。  勇気がしぼまないうちに……。  俺はすぐにスマホを取り出し、ノブにメッセージを送った。  伝えたい言葉はこれだけだ。 『ノブに会いたい』    

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