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第25話 心の中の恋人 ♢壱成♢

「壱成、そろそろなんか食おうよ。腹減ったろ?」  たしかにお腹は空いた。朝早くからずっと抱き合って、時計を見るともう十四時を回っていた。 「まだ……もうちょっといいだろ」  離れがたくて胸にすり寄ると、京の心臓の音がドドドッと耳に響く。 「も……もぉー……。なんだよ……」  これのどこがセフレなんだよ、とごにょごにょ文句を言っている。  もう存在しない誰かに嫉妬する理由はない。  でも、俺たちは恋人にはなれない。  もし京が正体を明かせば、もうこんなことは続けられない。京がかたくなに正体を明かさないのは、それが俺たちの終わりのときだとわかっているからだ。そのとおりだ。  京が“ノブ”でいてくれる限り、俺は気づいていないフリができる。ずっとこのまま一緒にいられる。  一緒にいるためには、セフレのままでいなければだめなんだ。  でも、セフレだと言い続けたとしても、これからは恋人として甘えたい。甘えてもいいだろうか。 「ノブ」 「ん?」 「俺たちは、これからもセフレだ」 「な……んだよ。もうわかったってば……」 「でも俺は、ノブが好きだよ」 「…………どうせセフレとしてっつーんだろ」  俺は顔を上げ、京の唇にキスを落とし微笑んだ。 「好きだから、これからは俺も言っていいか?」 「……え」 「好きだよノブ。大好きだ。本当に……好きだよ」 「…………っ、い……いっせ……」  目を見開き真っ赤になってうろたえる京に、俺はくっと笑って深い口付けをした。 「んぅ……っ」  京を組み敷いて、何度も角度を変えて舌を絡ませる。 「……いっ……せ……」 「……ん……っ…………」  好きだよ、京。  俺は本当に京が可愛くて仕方ない。  いままで必死に京だとバレないよう、いろいろ手をつくしたんだろう。  新しいスマホ、あれは間違いなく俺専用だろう。なにが修理だ、嘘つきめ。  京の車はどうしたんだ? おおかた、あれはお兄さんの車だな。  休みの前日から来て泊まる選択をしなかったのは、きっとカラコンを外せないからだ。一度も泊まってくれないノブに、少しだけ傷ついていたのは絶対に内緒だ。  それから京は、告白のやり直しとして本当の名前を教えようとしていた。でもまさか京だと名乗るわけがないし、あれはまた偽名を伝えようとしていたのだろう。……まったく。おしおきだな。  融通がきくから休みを合わせるという言葉も完全に騙された。何を言ってるんだ、休みは同じじゃないか。俺が休みを全部伝えていたことも明日も休みだと言った嘘も、すべてバレていた。……恥ずかしすぎるだろう。  熱を出した翌日に栄養ドリンクをくれたことも納得だ。泣き腫らした目……あれはきっと俺のせいだ。次の日腫れるくらい泣いたということか。  ごめんな、京……。    いや、しかしだ。俺はそんな京にすっかり騙されて、京本人に告白までしてしまった。本当にしてやられた。  俺が“ノブ”を大好きなことは、とっくに京にはバレていた。いったいなんの罰ゲームだ。  それでも、騙されていたことなどどうでもよくなるくらい、やっぱりどうしても京を愛しているのだから、俺は重症だ。  弟のような京を、PROUDの京を愛してしまった罪悪感で胸が押しつぶされそうだ。  それでも、京に愛されている幸福感のほうが勝ってしまった。  どうしたらいいのかわからない。わからないから、考えることを放棄した。  本当に俺は、マネージャー失格だ……。  俺はもう、ずっと京のネコでいたい。  しかしおもしろくないな。  京だけ一人でなにもかも知っていて、いままでさぞかし楽しかったことだろう。  でも今日からは、俺が楽しむ番だからな。 「ん……っ、ちょ……っ、ま……っ……」 「……ん、なんだ。どうした?」  唇を離すと、真っ赤な顔で息を上げ、震える手で顔を覆って京が言った。 「な、なんなんだよっ。きゅ、急に男前に攻めて来んなって……っ」 「だめなのか? 好きだから、キスしたいんだ」 「…………っ!」 「耳まで真っ赤になって可愛いな。もしかしてノブはネコもできるクチか?」 「は……っはぁ?! ねぇよっ! 俺はネコは絶対しねぇぞっ!」  覆っていた手を勢いよく外し、赤面したまま京が叫ぶ。 「俺だってネコは譲らないぞ。俺はずっとノブのネコだからな」  どれだけタチと間違われたってネコは譲らなかった。  いくら京が可愛いからって、ネコは譲らないぞ。  俺は京の胸にふたたび顔をうずめ、腕の中にすっぽりとおさまる。 「な……っ、なんなんだよ……今日ほんと、どうしちゃったの壱成……っ」  あーもーっ可愛いのかカッコイイのかわかんねぇ……っ、とごにょごにょつぶやき、ぎゅっと俺を抱きしめて深い息をはいた。  本当に可愛いな。京。  なんで俺なんかを好きになってくれたのかまったくわからないが……俺は本当に幸せ者だ。 「ノブ。シャワーに入ってご飯食べたら、また抱いてくれるか?」 「は……」 「もう勃たない?」 「は……なに……ちょっ……えっ? 本気っ?」 「ははっ。冗談だ。もうさすがに後ろが限界だ」 「えっ、限界って……大丈夫か?」  俺の顔を覗き込むようにしてサッと青い顔をする京に、俺は心配ない、と微笑んだ。 「こんなの大したことない。それに最高に幸せだったからいいんだ」  青かった顔を今度は赤く染めて、ぐっと言葉を呑み込む京に、おかしくなって笑った。  これではいつもの逆だな。せっかくだから、京も少しは俺と同じ気持ちを味わってみればいい。 「ノブ、シャワー浴びるぞ。起きろ」 「え、あ、うん」  あ、いまのは完全に“京”への口調だった。  “ノブ”のときは、だいぶ慣れたとはいえ、まだどこか遠慮があった。  京にはなにも遠慮がいらない。一緒にいてとても楽だ。  でも楽だけじゃなく、いまは……。 「ノブ」  身体を起こした京を俺はぎゅっと抱きしめた。 「い、壱成?」 「好きだよ。本当に俺はいま、幸せだ」 「……それは……俺のセリフだよ。大好きだ、壱成。本当に大好き。……な、なぁ。やっぱり俺たち恋人に――――」 「それはない」 「……ちぇ。意味わかんね……」  子供みたいにすねる京の背中を、俺は優しく撫でた。  表向きはセフレ。でも中身は恋人だから許してくれ……。    

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