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第28話 秋人とサシ飲み 1
「なぁ、榊さんとなんかあった?」
秋人が最近、どうも壱成に冷たい気がする。
壱成は困った顔で秋人を見ているし、絶対なんかあったよな。
「ん? なんで? 別になんもねぇよ?」
「えー。絶対嘘だろ。榊さんいっつもお前見て寂しそうな顔してんじゃん。なにがあった?」
「……お前、よく見てんな、榊さんのこと」
「ん? まぁ、な?」
俺を見てため息をつく秋人に首をかしげた。
「あのさぁ、秋人。今日終わんのはやいじゃん? ちょっとさ、二人で飲まねぇ?」
「二人? みんなは?」
「いや……二人で」
俺がゲイだということ。それからできれば壱成のことを相談したかった。
こんなことを話せる相手は誰もいない。
気軽に話せる内容じゃないのはわかっているが、もう誰かに聞いてほしい。誰かに頼りたい。それはやっぱり秋人しかいない。
本当に俺はどうすればいいんだ。
もう俺は、やっぱりセフレなんて嫌なんだ……。
「ふぅん? いいよ。なんか込み入った話か? 俺ん家来る?」
誰にも聞かれない場所がいいから俺ん家で、と思っていた。
すると、秋人がコソッと俺に耳打ちをした。
「今日あっちは帰り遅いから大丈夫だぞ?」
秋人は結婚前から相手とこっそり同棲している。壱成がそれを手配したと聞いたときは、ものすごい驚いた。
……ほんといいよな。……すげぇ羨ましい。
帰宅したあと、いろいろ酒とつまみを買い込んで、タクシーで秋人の家まで行った。
「んで、どした?」
「え、さっそく?」
ソファでくつろいで、とりあえずビールで乾杯した途端にこれだ。
「あー……えっとさ。…………いや、こういうのって雰囲気で話すっつーかさ。あらためて聞かれるとなんかな?」
「ん、そっか。悪い悪い。…………んで?」
俺がこんな風に話があるからと秋人を誘ったのは初めてだから、よほど気になるらしい。
秋人の顔は好奇心なんかではなく、とにかくリーダーの顔をしていた。なにがあっても心配ない、大丈夫だ、そう思わせてくれるリーダーの顔。
こんな顔、久しぶりに見たな。そう思いながら、俺は覚悟を決めた。
「俺、さ……」
「うん」
「ずっと言えなかったんだけどさ。俺……男しか……好きになれねぇんだ。……ゲイなんだ」
あんなに言えないと思っていた言葉。口にしてしまったら、なんだか想像よりもずっと心が軽くなった。
秋人は横で、表情も変えずじっと俺を見ている。
「…………ん、そっか」
と秋人はうなずき、俺の膝をポンとたたいただけだった。
「え……驚かねぇの?」
「いや、驚いたけどさ。それよりも、そっかー俺と同じかーって気持ちかな?」
「いや。秋人はゲイじゃねぇだろ」
秋人は彼女がいたこともあるし間違いなくノンケだ。
秋人の旦那、蓮くんだけが、ただ特別だっただけだ。
「んー、よくわかんねぇんだわ。俺はもう蓮しか好きじゃねぇし。確認しようがねぇよな? もうストレートでもバイでもゲイでもなんでもいいわ。蓮と一緒にいられれば」
息をするようにのろけまくる秋人に、呆気にとられる。
メンバーの中では俺とリュウジ、そして壱成だけが二人の仲を知っている。
だから普段はこんな話ができないし、彼女がいた頃だってこんなのろけは聞いたことがなかった。
「蓮くんとは相変わらずラブラブなんだなぁ。俺、あんなラブラブ結婚式初めて見たよ」
「ふはっ。ラブラブ結婚式ってなんだよっ。まぁ、あれじゃあ言われてもしゃーねーか。まあね。俺ら喧嘩知らずだからさ」
「あーうん、そんな感じだな」
「あ、嘘ついた。喧嘩したわ」
「へー意外。どんなことで喧嘩すんの?」
いつもふわふわ優しい蓮くんと喧嘩する二人が想像できない。どんな喧嘩をするのか興味がわいた。
「え? んー、まぁお仲間だから話してもいっか?」
「なに、お仲間関係あるか?」
「あるんだよ。蓮がさ、休みの日に突然休息日宣言すっからさ。いいから入れろっつって喧嘩したんだよ。それだけかな、喧嘩は」
一瞬なんのことかわからず首をかしげる。そして、一歩遅れて理解した。
それは……喧嘩なのか? と俺はまた呆気にとられながらも、秋人はやっぱりネコなんだなとホッとしていた。
それなら壱成を取られる心配はない。
「つうか俺の話はいいんだよ。京、なんか悩んでんだろ?」
「……うん」
壱成の話はどう話せばいいだろう。どこから話せばいいのかすらわからない。
「あー……俺さ。実は……榊さんのことが好きなんだ。たぶん、出会った頃からずっと好きだった」
「…………マジか……」
さすがに驚いたのかと思えば、「気づいちゃったんだ……」とつぶやき、うなだれるようにうつむいた。
「気づいちゃったんだ……ってなんだ?」
「気づかずに終わればいいなって思ってた……」
「え……なに俺、そんなバレバレだった?」
「いや、俺はほら、同類だからわかっちゃっただけだよ」
マジか。秋人にバレてたって、恥ず……っ。
無意味に壱成に引っ付いてたのもバレてたってことだ。恥ずすぎる……。
「でもさ……。榊さん、最近好きな人できたみたいじゃん? だからさ……」
「あー……それ、なんだけどさ……。あー……もー……なにから話したらいいんだろ……」
「え、なに、なんだよ……」
俺は変装してバーに出入りしていたこと、そこで壱成に出会ったこと、それからのこと、恋人になりたいのにセフレでと言われてること、順を追って詳しく秋人に語った。
すべて聴き終わった秋人は目を見開き、開いた口がふさがらないとでも言うように口を半開きにして、しばらくそのまま固まった。
まぁ……そうなるよな……。
「……軽蔑するか?」
「は? そ……じゃなく……さ……」
やっと口を開いた秋人が、しきりに目を瞬いて俺を凝視する。
「え、と……。え? 京と榊さんが……セフ……、え、マジなの……?」
「……うん」
「え……この間、榊さんが片想いだって言ってたのは、京が変装したノブってヤツだってこと……?」
「……うん」
は? え? と何度も秋人は繰り返し、そして声を上げた。
「なんだそりゃっっ!!」
秋人の顔が赤くなった。
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