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第29話 秋人とサシ飲み 2
秋人がどんどん顔を赤らめて「セフレ? 嘘だろっ」と何度も繰り返す。
「なに、お前だってさっき、休息日とか入れろっつったとか普通に言ってたじゃん」
「いやいやいや、一緒にしないでくれる? だってセフ…………えええっ? いや、普通バレるだろぉ……」
「榊さんにはさすがに京に似てるって言われたけど。それまでは言われたこともなかったよ」
「えええ……っ、マジか……っ」
「てか、俺マジで本気だからな? セフレなんて一ミリも思ってねぇかんなっ?」
「わかってる、わかってるって」
いやでもマジか、と赤い顔を両手で覆ってうつむき深い息をつく。
すると、突然ハッとしたように顔を上げた。
「あっ! えっ……俺、余計なこと言っちゃった……っ!」
そう声を上げて、みるみる顔を青ざめた。
「なに、余計なことって」
「……あ、でも榊さんの相手はどっちみち京なんだからセーフか……?」
「だからなんだよ」
「いやぁ……まぁ、セーフだから、うん」
「おいなんだよっ。余計なことって壱成にだろ? なに言った?」
「わー……壱成って呼んでんだ。すげぇな、榊さんを壱成呼びかぁ」
「はぐらかすなってっ」
「わーもー! ごめんって! 悪かったっ!」
秋人が顔の前で手を合わせて俺に謝った。
「京がさ。まだ自覚無しに榊さんに執着してんだと思って。恋人ができたんなら、さりげなく引導を渡してやってほしいって頼んだんだよ」
引導……。
あ、だから俺にノブが好きだって話したのか……?
「なのに片想いだとか馬鹿正直に話すから、それじゃ諦めらんねぇじゃんって怒鳴っちゃったよ。もー……俺めっちゃ余計なお世話しちゃったじゃん……」
「え、最近壱成に冷たかったのって俺のためだったのか?」
「お前のためっつーか。勝手にムカムカしてただけだけどな」
秋人の話を聞いて、そんなに俺の心配をしてくれていたのかと胸がジンとした。
「まさか榊さんの好きな人が京だったとはね……」
「でもさ……。なんで壱成はあんなかたくなにセフレでいたがるんだろ……。何度も好きだって伝えてんだけどさ。壱成も最近、会うたびに好きだって言ってくれんのに……」
「んー……。実はやっぱりお前の正体バレてるってことは?」
「いや無いだろ。バレてたら終わってるって。壱成が……あの榊さんが京だって知ってて黙ってるわけねぇよ……」
「まぁ……だよなぁ。…………てか、セフレって……マジか」
やっと赤みの引いた顔をまた赤面させて、両手で顔を覆う。
「しつこい」
「いや、だって……あの榊さんが……セフレ……」
「おい、お前想像すんなよっ」
壱成のなにを想像して赤くなってんだ。いくら秋人がネコだからって絶対に嫌だ。
「んな無茶言うなよ……そんなん無理だろぉ。……てかさ、ノブのお前と一緒のときって、榊さんどんな感じ? あ、ベッドの上でって意味じゃなくな?」
「ベッドの上でって意味だったら殴ってるぞ」
「いやいや、んなこと聞かねぇって怖ぇな。んで、どんな感じ? あのまんま?」
「すっっっげぇ可愛い。もう誰にも見せたくねぇくらい」
「……そ……っかぁ。そっかそっか。榊さん、ちゃんと甘えられてんだな。ちゃんと両想いだし。そっか……よかった……」
最後は小さくささやくように秋人が言った。
「それ、この前も言ってたよな? どういう意味? よかったって」
「榊さんさ。前にすげぇ寂しそうに言ってたんだよ。『こんなネコの需要はない』って。だから『一人でいいんだ』ってさ……」
久しぶりに聞いた壱成の『需要がない』という言葉に、なぜか胸がざわついた。
「もしかして……それか……?」
「ん? それって?」
「どんだけ好きだって言っても響かない理由だよ……。需要がないってずっと思ってきたから、受け入れんのが怖ぇのかな……」
「んー。でもじゃあ片想いだって言ってるのはなんでだ?」
「…………あー……全然わかんねぇ。偽名のせいかなって思って、本当の名前教えようとしても、セフレのままがいいって言うし」
「あ、京だって言おうとしたの?」
「い、言えねぇよ……。本当の名前っつってもそれも偽名だけどさ……」
「なにもう、二人ややこしすぎ……」
そう言って額に手をあてて天井を仰ぎ、せっかく両想いなのになぁ……とつぶやく。
「前に京に言った榊さんの告白は本物だよな。本当にすげぇその人が好きなんだなぁって伝わってきたし」
「うん……一緒にいても、伝わってくる」
「…………でもさぁ。榊さん真面目じゃん……。京だってバレたら、責任感じてお前のこと――――」
「待てっ。それ以上言うなよ絶対……っ。わかってんだよ……そんなの……」
俺だってわかってる。バレたら終わりなんて、わかりきってる……。
それでも俺は、もう壱成を諦められないんだ。
「京。ちゃんと最後まで聞けよ」
「……なんだよ」
「もしバレたらさ。榊さんはお前を手放すかもしんねぇけどさ。でもだからって、このままノブでいたって“いま”だけじゃね? 京は、いまだけ一緒にいられれば満足なのか? いつか終わりが来ても……」
「満足なわけねぇじゃんっ! ……もう壱成以外いらねぇよ……この先ずっと……」
だからもうずっと悩んでる。
どうすれば壱成を俺のものにできるのか。
「ならさ。やっぱ、ちゃんと京だって名乗って、向き合うしかねぇじゃん?」
「でも……名乗ったら……終わっちまうじゃん……」
「たとえ終わったとしても、何度もぶつかってくんだよ。諦めずにさ。じゃねぇと、このままじゃずっと綱渡り状態じゃん。そんなの、本物の幸せじゃねぇだろ?」
秋人の言うとおりだ。
いまは幸せでも、ずっと続くとは限らない。本当に綱渡り状態だ。
俺は壱成と本当の恋人になって、壱成を幸せにしてやりたい。
それならやっぱり、ちゃんと名乗るしかないんだ。
理解はできても、終わる未来しか見えなくて勇気が出ない。
「マネージャーと恋愛か。難しいよな……。榊さん、頑固だしな……」
「秋人はいいな。ほんと羨ましいよ」
「なんか……ごめん……」
「謝んなって。マジでよかったなって思ってるよ」
「……ん、さんきゅ」
そのとき、玄関の開く音が聞こえてきた。
「あれ、帰ってきた。予定より早かったな。ごめん、まだなんも解決してねぇよな?」
「いや。ちゃんと考え整理できたよ。さんきゅ。あとは勇気だけだってわかった」
「そっか。またいつでも話聞くから言えよ?」
「ん、ありがとな。あ、蓮くんって榊さんのこと知ってんの?」
知ってるかどうか聞いておかないと、このあとの会話に困るなと思い確認した。
「知らないよ。言ってない。榊さんが自分で言わない限り俺は言わねぇよ」
「さすがだな、リーダー」
「そこリーダー関係なくね?」
「俺のことは話していいよ、リーダー」
「ふはっ。だからリーダーどうでもいい」
リビングのドアが開いて、相変わらずのイケメンわんこがしっぽ振ってやってきた。
「わ、本当に京さんだ。お久しぶりです!」
「久しぶりー、蓮くん」
「うわぁ。マネージャー以外のお客さん初めてです。感動! ね、秋さんっ」
「うん、ほんと感動だよな? おかえり蓮」
「ただいま秋さん」
向かいのソファに移動した秋人に並んで蓮くんも座り、ほわほわと見つめ合う二人。外で会うときとはまったく違う二人にさっそく当てられた。うわぁ……ピンクオーラがダダ漏れじゃん。
「あ、どうぞどうぞ、おかえりのチュウしていいよ。いつもしてんでしょ?」
「だってさ、蓮。しよっか」
「はっ? だ、だめだよ! しません!」
「二人のキスなんて、結婚式でさんざん見たから気にせずどうぞ?」
「きょ、京さんっ!」
蓮くんに真っ赤な顔で「余計なこと言わないでっ」と言いたそうな顔をされ、思わず笑った。
秋人のキス攻撃が止まらなくなった。
いいじゃん、だめです、と繰り返してイチャイチャする二人を眺めて、俺は心があたたかくなった。
本当に幸せそうだな。
壱成が二人を守ったんだよな。じゃなきゃ二人は今頃一緒に暮らしてないし、結婚だってできなかったかもしれない。壱成がいたからこの幸せはあるんだ。
壱成すげぇな。やるじゃん。
俺も、壱成をこんな風に幸せにしてやりたいな……。
そんなことを思っていたら、無性に壱成に会いたくなった。
本当にどうしたらいいのか、ちゃんと考えよう。
俺はやっぱりどうしても、セフレのままは嫌なんだ……。
「せっかくだからさ、二人の馴れ初め聞かせてよ。なんでくっついたのか全然知らねぇもん、俺」
「は? そんな小っ恥ずかしい話するわけねぇじゃん」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
「い、や、だっ」
嫌がる秋人を放っておいて、俺は蓮くんから無理やり聞き出そうと試みる。
蓮くんはきっと誰かに話したくてうずうずしていたんだと思う。おもしろいくらいあっさり話してくれた。顔を真っ赤にして怒る秋人をさらに放ったらかして、どんどん聞き出した。
俺が帰ったあと蓮くん大丈夫かな、とちょっと心配になった。
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