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第31話 ネコらしいネコに憧れる ♢壱成♢

 バーを出て、タクシーを拾おうと広い通りに向かって歩き始めると、「ねえ、待ってっ」と後ろから腕をつかまれた。  驚いて振り返ると、智と呼ばれていた彼が目を釣りあげて俺を見上げた。 「ねえ、お兄さん本当にネコなのっ? ノブに抱かれたのっ?」    よく見れば目には涙がにじんでいる。  きっと彼は“ノブ”が好きだったんだな。  どう答えればいいだろうかと少しだけ悩み、俺は静かに答えた。   「ネコだよ」 「抱かれたのかって聞いてんのっ!」 「……抱かれたよ」 「…………な、んでっ。僕が何度誘ってもダメだったのにっ。なんでっ!? 絶対僕のほうが可愛いのにっ!」    それは俺が知りたいくらいだ。  彼は本当に小柄で可愛くて、もし俺と同じ背丈の京に抱きしめられたら、胸に顔をうずめられる身長差だ。俺がずっと憧れていた身長差。  別に可愛い男になりたかったわけではないが、ネコらしいネコには憧れた。タチに間違われないネコが羨ましかった。  こんなに可愛いネコが誘っているのに京は断り続けたのか。それで俺を選ぶなんて、京はやっぱり趣味が悪いな。   「俺はこんなだから、どこに行っても需要がないんだ」 「は? なに……」 「君は黙っててもネコとして可愛がられるだろう? 俺は一度もネコに見られたことがない。俺は……君みたいに可愛いネコが羨ましいよ」 「…………そ、だよ。僕がお兄さんに負けるはずないんだからっ! きっとノブはお兄さんに同情して抱いただけなんだからねっ。勘違いしてノブに付きまとわないでよねっ!」    目を真っ赤にして怒る彼は、本当に可愛かった。  まさかこの俺が、こんなに可愛いネコにライバル視されるときが来るなんて想像もしていなかった。俺だけが羨ましいばかりだと思っていた。   「ありがとう」    こんな俺をライバルだと思ってくれてありがとう。素直な気持ちが口からこぼれた。   「はっ? な、なにがっ? 意味わかんないしっ!」    最後に「変な人っ!」と叫んで彼は店に戻って行った。  たしかに、あそこで『ありがとう』は変な人だよな、と一人苦笑した。  京に会いたいな……。  明日は休みで会う約束をしているが、いますぐ会いたかった。  きっと俺が会いたいと言ったら京は飛んで来るだろう。でも泊まることができないから、明日は仕事が入ったとでも言って帰るだろうな。  一度でいいから京に抱きしめられたまま眠ってみたい。  自分がこんなに甘えたがりだとは思ってもみなかった。  京に優しくされる幸せを覚えてしまったからだろうか。  京と一緒にいると、意味もなく甘えたくなる自分に初めは戸惑った。京がまっすぐ俺を見てる。俺だけを見てくれている。そう思うと安心して、つい身を任せたくなる。  素直に甘えると、いつでも極上に優しい腕が俺を包む。俺はあの腕が無性にほしくなるんだ。  広い通りまで歩きながらスマホを取り出し、俺は“ノブ”の名を開いて発信を押した。 『もしもし、壱成? どうした?』    明日会う約束をしているのに電話をするのは初めてだった。どこか心配そうな声が耳に響く。  “ノブ”として俺の名を呼ぶ京の優しい声を聞くと、俺はいつも身体中がとろけそうになる。甘く優しく語りかける声に胸がぎゅっと苦しくなる。  本当に俺は……もう重症だ……。   「ノブ……会いたい……」 『どうした? なにかあった? 大丈夫か?』 「大丈夫だ。なにもない。ただ……すごく会いたいだけだ。明日になったら会えるのに、おかしいよな」  お酒が入って、余計に京に甘えたくなっているようだ。  声を聞いたらもうだめだ。本当にいますぐ会いたい。 『……壱成いまどこ? 家じゃないだろ。なんか騒がしい』 「さっきまで、ノブと出会ったバーで飲んでたんだ」 『えっ? バーに行ったの?』 「ノブの話をいろいろ聞いた。聞いたら会いたくなった。ノブ、仕事は何時に終わる? 待ってたらだめか?」 『……すぐ終わらせて行くから待ってて』 「急がなくていい。俺もいまから家に帰るところだ」 『ん、わかった』    もうすぐ京に会える。嬉しくて気持ちが高ぶり、俺は早足で通りまで出てタクシーを拾った。  仕事でも会ってはいるが、大好きだと全身で伝えてくれる“ノブ”の京に、はやく会いたくてたまらなかった。    家に着いてすぐに京もやってきた。ドアを開いた瞬間にきつく抱きしめられ、身体が歓喜に震えた。   「ノブ……来てくれて嬉しいよ」 「俺も会いたかった」    耳元でささやかれる甘い言葉に酔いしれる。   「ノブ……」    京の背中に腕を回し、京の首筋に口付けた。  

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