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第32話 京の腕の中で眠りたい ♢壱成♢

 鼻をくすぐるほのかな石鹸とシャンプーの香り。  電話のあとにシャワーを浴びる時間があったとは思えない。  さっきまで仕事だったはずなのにどう言い訳するつもりなんだ、とおかしくなって口元がゆるんだ。  そんな危険にも気づいているはずだ。それでも会いに来てくれた。嬉しい。可愛い、京。 「ノブ。シャワー浴びてくるから。ちょっと待っててくれ」 「じゃあ、一緒に入ろ。俺が壱成の準備したいから」 「……ノブはそんなに準備が好きなのか?」 「好きだよ? 壱成限定な?」 「……ノブがやると、気持ちよすぎて……だな……」 「いいよ、我慢できなくなったらすぐ入れてあげる」    ささやくような耳打ちにゾクゾクし、そのまま耳にチュッとキスをされ、それだけでもう期待で後ろがうずいた。  シャワールームでグズグズにされ、ベッドの上ではドロドロに京に愛された。  京と一緒に過ごす時間は、いつでも俺の心と身体が満たされる。  京の愛に包まれ優しさにふれるたびに、俺はいつもこの上ない幸福感に包まれる。  もうなにがあっても京を手放したくない。……そんなことを心から思っている俺は、本当にマネージャー失格だ……。  バレなければいいという話ではない。わかっている。わかってはいるが、京を手放せない俺を……どうか許してほしい……。    いつものように京の腕の中で幸せの余韻にひたる。  そろそろ京が腰を上げるだろう。そしてスマホのメッセージを見る振りをして『明日仕事が入った』とでも言うんだ。そのあとはきっと『午前中で終わるから午後から会おう』と……。  京が身体を起こしてスマホを手に取った。 「壱成ごめん、明日仕事が――――」 「もう嘘はいいよ、ノブ」 「……っえ」 「俺には理由はわからないが、ノブは泊まることができないんだろ?」 「え、あ……」 「前日から来て泊まってもいいのにそうしなかったのは、なにか泊まれない訳があるんだろ?」  京が真っ青になって必死に言い訳を考えているような顔をする。 「ノブ。理由は聞かないからそんな顔するな。だから、嘘はもういいよ」 「い、壱成……。ご、ごめ……」  京は青ざめてオロオロしていた。  俺は京の手を引いてベッドに再び寝かせ、胸にすり寄った。 「泊まってほしいなんて言わない。一度帰ってもいいから、明日はいつもどおり朝から会いたい」 「壱成……っ」 「それから、次からは休みの前日も会える日は会いたい。……だめか?」 「だ……っだめじゃねぇよっ。だめなわけねぇし……それより……」 「それより?」 「……それ許されたら俺、全部会いに来ちゃうぞ……?」 「俺も、全部会いたいよ。だから会いに来てくれ。いつでも……会いたい」 「壱成……っ。めっちゃ嬉しい……っ。嘘、ついててごめん……。理由、話せなくてごめん……」  息が止まりそうなほど強く抱きしめられた。  京が自分の嘘に苦しんでいるのが痛いほど伝わってきて、胸が苦しくなる。  もう、京だと知ってることを話してしまいたい。  でも、そうしてしまうと俺たちは……そこで終わる。こんなことを続けるわけにはいかなくなる。  ごめんな、京。俺のエゴでお前を縛り付けて……本当にごめん。  お前を愛してしまって、本当にごめんな……。 「ノブが俺を大好きなのは充分知ってるから大丈夫だ。なにかよっぽどな理由なんだろ」 「壱成……っ。ごめんっ」 「もういいって。気にするな」 「壱成っ。マジでほんと、大好きっ」 「俺も、大好きだ」  それでも、京の嘘がひとつ減った。理由は話せなくても、嘘をつくより気が楽なはずだ。  そうか。こんなに簡単だったのか。  会いたいという気持ちを我慢せず、もっと早くこうすればよかった。 「許してやる代わりにさ……。もうひとつ、わがまま言ってもいいか?」 「なに? なんでも言ってっ」 「泊まらなくてもいいから、俺が眠るまでここにいてほしいんだ」 「……い、いっせ……」    京の胸に顔を押し付けるように、さらにすり寄った。   「このまま、ノブの腕の中で眠ってみたい」 「壱成っ。そんなの、これからは毎回そうするよっ」 「休日前だけな」 「毎回っ」 「仕事がある日はだめだ」 「…………っ、……わかった」  ものすごく残念そうに大きなため息をつく。本当に俺は、お前が可愛いよ、京。 「よし、えらい」 「くはっ、褒められた」  二人で顔を見合わせて笑った。 「もう寝る? もう寝るだろ? いいよ、ずっと抱きしめてるからゆっくり寝ろな。鍵はポストに入れるから」 「……ノブ。明日は、ゆっくりでいいからな。ちゃんと寝てから来いよ」 「うんうん。わかった」  絶対にわかってないだろうな、と心の中で苦笑した。  京は俺をぎゅっと抱きしめ頭にキスを落とす。   「おやすみ、壱成」 「……おやすみ、ノブ」    おやすみ、京。  お前に抱きしめられながら眠れるなんて、幸せすぎて怖いよ。  …………眠れるのか、俺。    

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