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第34話 幸せすぎる

 開いたドアから中に入ると、もうパジャマに着替えた壱成が、どこか潤んだ瞳で俺を出迎えた。   「壱成? どうした?」 「どうしたって、なにがだ?」 「なんか、泣いてる?」 「…………泣いてない。ちょっと眠いだけだ」 「あ、そっか。んじゃベッドで待ってろよ。手洗ったらすぐ行くな」 「……ノブ」 「ん?」  すでに中に入って手を洗いに向かっていた俺が振り返ろうとすると、壱成が後ろから俺を抱きしめた。 「いっせ……」  首元に顔をうずめ、壱成の腕にぎゅっと力がこもる。 「来てくれて嬉しい。すごく……すごく会いたかったんだ」  壱成の熱のこもったような声が耳に響き、ぶわっと感情があふれそうになった。  仕事のときとは全然違う、ノブのときにしか聞くことができない壱成の熱い声。今日はそれがいつも以上だった。 「壱成。会いたいときは言ってくれよ。俺は仕事があっても関係なく毎日会いてぇし、毎日壱成が眠るまで抱きしめたい」 「…………できない日に……呼ぶのは違うだろ」  俺は壱成の腕をそっとほどき、振り返って抱きしめた。  壱成の頭を優しく撫でながら、言い聞かせるようにゆっくりと言葉にする。 「壱成がセフレにこだわる理由はわかんねぇけど、俺は恋人になりてぇし、勝手に恋人だと思って壱成と一緒にいる。やりたいから会いに来てるわけじゃねぇかんな?」 「……ノブ」 「ほら。明日早いんだろ?」  頭を数回撫でて頬にキスをしてから壱成を離す。 「ベッドで待ってな。すぐ行くから」  壱成は俺を熱のこもったような瞳で見つめ、小さくうなずいて寝室に入って行った。  ちょっと……今日めっちゃくちゃ可愛いんだけど……なんでっ。  悶絶しそうになって身体が震えた。  急いで手を洗って寝室に行った。  壱成はベッドの端に横になって、じっと俺に視線を送る。  俺はジャケットだけ脱いでハンガーにかけた。 「このまま入っていいか?」 「そんなの、気にしなくていい」 「ん」  ベッドに入って横になり、腕枕をしようと手を伸ばすと、壱成は俺の胸にすり寄って抱きついてきた。  はぁ、可愛いっ。ほんとマジ可愛い。できることなら毎日こうしたい。俺はきつく壱成を抱きしめた。 「明日は何時に起きるんだ?」 「四時だ」 「えっそんな早いの?」  知っていたけど驚く振りをした。 「じゃあほんと、早く寝なきゃだな。五時間くらいしか寝れねぇじゃん。眠れそうか?」 「…………どう、かな」 「あ、俺がいたら余計寝れねぇか……?」 「寝れる。寝れるから…………帰るな」  壱成がさらにぎゅっと抱きついてくる。 「ん、壱成が眠るまでずっといるから。安心して寝な。おやすみ、壱成」 「…………おや……」  おやすみと言いかけた壱成の言葉が止まる。 「壱成?」  問いかけると、むくっと身体を起こし俺を組み敷いて見つめてきた。 「え、どうした?」 「どうして……キスしないんだ?」 「えっ」 「…………ずっと待ってた。いつしてくれるのかって、ずっと」  熱い瞳で俺を見つめる壱成に心臓が暴れ出す。 「やらない日は、しないのか?」 「……そ……じゃなくて」 「じゃあ、なぜだ。お前と…………ノブとキスがしたくて死にそうなのは俺だけなのか……?」 「……っ」  思わず壱成を抱きしめ身体を起こし、壱成の後頭部を手でささえ枕にゆっくりと沈める。 「キスしたら俺、やめられなくなりそうでさ……。でも壱成は早く寝なきゃだめだろ。キス……したいに決まってんじゃん。俺だって毎日したくて死にそうだっつーの」  仕事のときは、そばにいるのにキスどころか抱きしめることもさわることもできなくて、本当に毎日つらい。  会えなければ諦めることもできそうだけど、ほぼ毎日会うから本当につらい。 「俺も……毎日ノブにふれたくて死にそうだった。キスしてくれ。ノブ」 「壱成……」  首に壱成の腕が回る。俺はゆっくりと顔を近づけて壱成の唇をふさいだ。 「……ん、……っ……ふ……」  軽くしようと思ったのに、一度唇を合わせてしまうともう止まらない。お互いに求め合って深い深いキスになった。  壱成の熱い吐息に理性が飛びそうになる。ほら、やっぱりやめられない。 「も……もう寝なきゃ……壱成」  俺は慌てて唇を離してキスを終わらせようとした。でも、壱成の熱のこもった瞳に射抜かれる。  首に回った腕に引き寄せられ、俺はまた唇を合わせた。  まるでいまから抱き合うかのような熱い口付けに頭がのぼせていく。 「壱……成……」 「好き……だ、……ノブ…………好き……」 「俺も好き……壱成……」  唇を合わせながら、壱成の目尻から涙が一筋流れた。 「壱成、どうした?」 「……ノブ……」 「ん?」 「……怖い」 「え?」 「怖いんだ……」 「なにが怖い? どうした?」 「…………幸せ、すぎる……」  なんだ、と思わずホッと息をついた。  なにがあったのかと心配した。 「俺も幸せすぎて怖いよ」  壱成の頭を優しく撫でて唇にもう一度キスをして、俺はふたたび壱成を抱き込み横になった。 「もう本当に寝なきゃ。朝起きれないぞ?」 「……そうだな」 「今度こそ、おやすみ壱成」  壱成が胸にすり寄って「おやすみ……」とささやいた。  壱成はしばらく寝付けないようだったが、頭を撫で続けるとそのうち規則的な呼吸に変わった。  ずっとこうしていたい。壱成を毎日こうして抱きしめたい。  できれば朝まで一緒に……。  

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