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第35話 いつでも会いたい ♢壱成♢
アラームが鳴った。
ぼんやり覚醒すると、いつもと違って枕があたたかかった。枕だけじゃなく全身があたたかい。そうだ、昨夜は京が来てくれた。俺が眠るまで抱きしめてくれた。あんまり幸せすぎて、その余韻だろうか。すごいな。
そう思ったが、いつものようにスマホに手を伸ばそうとして、動かない腕に驚いて目を覚ます。
自分で取ってもいないのに目の前にスマホがやってきて、誰かの手でふりふりと揺らされた。
「壱成、起きて。朝だよ」
「は……っ」
京の声に驚いて身体を起こす。
「き……っ」
京っ、と叫びそうになったが、黒髪と黒目の京にハッとして慌てて言葉を呑み込んだ。
「ノブ、どうして……」
「一緒にウトウトしちゃって。目が覚めたらもうすぐ時間だったからさ」
と、京は起き上がりながら説明をする。
京の話は本当か嘘かわからない。もし本当にカラコンを入れたまま寝てしまったのなら、目は大丈夫なのか心配になった。
でも京のことだからそんなヘマはしない気がする。今日は休みだから、帰ってから寝ればいいと徹夜をしたんじゃないだろうか。
そんな無理はしないでほしい。京が無理をすると、会いたい気持ちを素直に言えなくなってしまう。
「ノブ。泊まりはだめだったんじゃないのか?」
「……うんまぁ。でもつい寝ちゃってさ。時間も早いし壱成と一緒に出れば大丈夫だから」
「……そうか」
……失敗した。もうこんなことは二度とないだろう。
京の腕の中で目覚めるのをあんなに焦がれていたのに、ただ驚くばかりでなにも堪能できなかった。
「壱成、早く準備しないとやべぇんじゃね?」
「……ああ、そうだな」
わかっていれば堪能できたのに。
あまりのショックで落胆が激しい。
せめて京の熱を最後に感じたい。俺は京にすり寄って抱きついた。
「壱成?」
「少しだけ。少しだけだ」
俺がそう甘えると、京の手が俺の背中を優しく撫でた。
「遅刻しねぇなら好きなだけこうしてるよ」
「ノブ……」
俺を抱きしめる京の腕が、泣きたくなるくらい優しい。
本当にどうしたらいいだろうか。
自分が恋愛でこんなにだめになる人間だとは思いもしなかった。
毎日のように仕事で京と一緒でも、ノブじゃない京とは満足にふれることもできない。目があっても合図を送ることもできない。それがすごくつらかった。
京が休みで、でも絶対に抱き合う時間はないとわかっていても、俺は会いたいと言いたかった。でもそれは違うだろうと我慢した。
会えないと思っていた京が来てくれて、嬉しくて涙が出た。
本当に俺は……もう重症だ。
もうセフレとして振る舞うことすらできていない。
俺はPROUDのマネージャーなのに、八人全員を平等に見なければだめなのに、これはもうメンバーへの裏切りでしかない。
そうわかっていても俺は……。
「ノブ……キスしてくれ」
「それ」
「え?」
「それが聞きたくて、しないで待ってた」
そう言ってずるい顔で笑う京が、誰よりも可愛くて愛おしい。
京の唇が優しくふれる。昨夜の熱いキスとは違う、気持ちを確かめ合うようなあたたかいキス。愛されてると伝わってきて安心する。胸がくすぐったい。
「壱成、大好きだよ」
「俺も……大好きだ……」
大好きだよ、京。
でも、どうしても思ってしまう。
俺なんかがお前を好きになって、本当にごめん……と。
朝の準備を終わらせ、食パンで軽く朝食を済ませる。
食べながら、京は心配そうな顔で聞いてきた。
「そういえばさ。バーで智に絡まれたって聞いたんだけど……」
「ああ、まぁな」
「大丈夫だったか? なに言われた?」
あの可愛い彼に『変な人!』と言われたときのことを思い出して俺はくっと笑った。
「大丈夫だ。すごく嬉しかった」
「は? 嬉しかった?」
京は驚き、そして意味がわからない、という顔をした。
「嬉しかったんだ。あんなに可愛いネコにライバル視される日が来るなんて思ってもいなかった。だからありがとうとお礼を言ったら『変な人!』って言われたよ」
楽しそうに笑って報告する俺に、京はポカンとした顔をしてから、くはっと笑った。
「よかった。心配いらなかったな」
「俺よりも彼のほうを慰めてあげてくれ」
「いや、ってかもう行かねぇし。あ、マスターにはお世話になったからパーティーは行けたら行くけどさ。そんときは二人で行こうな?」
京の口からはっきりともう行かないと聞いて、俺の不安は一気に解消された。
「ああ、もし行けたら一緒に行こう」
「うん」
京がコーヒーを飲みながら嬉しそうに笑った。
二人一緒に家を出ようとしたところで、俺は先程引き出しから取りだして用意したものを、京の手に握らせた。
「ん? なに?」
不思議そうに手の中の物を見て、京は目を丸くする。
「え……これ……」
「ノブが会える日は、いつでも会いたいんだ。だから……連絡なんかいらないからいつでも来てほしい。俺がいなくても、中に入って待っててくれ」
セフレに合鍵を渡すなんてないだろ。わかってはいるが、俺は気づかない振りをする。
会える日が増えれば、今日みたいに無理をすることもなくなるかもしれない。……いや、それは言い訳で、ただ俺が京と一緒にいたいだけだ。
京は感極まったように声を詰まらせたかと思うと、俺を引き寄せ抱きしめた。
「……すげぇ嬉しい、壱成。ありがと」
俺も、もう会いたい気持ちを我慢しなくていいと思うと嬉しい。
もういつでもノブの京に会える。好きなだけキスができる。
嬉しくて胸が高鳴った。
「あのさ……。さっそく今日から使ってもいい……?」
「もちろんだ。今日は夕方、少し早めに帰れると思う」
「わかった。寝て起きたらすぐ来て待ってるなっ」
京もこんなに喜んでくれるなら、もっと早く渡せばよかった。
靴をはいてドアを開けようとして、最後にもう一度キスがしたいと思い、手が止まる。
京を振り返ると、俺がなにも言わなくても顔が近づいてきて唇が重なった。
京も同じ気持ちだった。その事実にまた涙腺が刺激される。嬉しい。大好きだよ、京。
愛してる……。
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