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第45話 完全にB面
「榊さん、もしかして楽しんでる?」
どこか笑いの含んだ秋人の声が聞こえてきた。
「なにを言ってる。なにも楽しんでない。だって京が夢オチにしようとしてるんだぞ」
「えっ、ちが、違くて……っ」
夢オチにしたいわけねぇしっ。
そうじゃなくてっ。
「じゃあもっかいチューでもしてあげたらどうっすか?」
「だな。そうすれば嫌でも現実だってわかるんじゃね?」
他のメンバーが信じられないことを言った。
チューって……チューってなんでっ。
「そうするか、京。もう一度キスでもすれば現実だとわかるか?」
「へっ?! ち、ちょっと、いっせ……榊さん?!」
壱成の顔が近づいてくる。
は、え、嘘だろっ?
もう少しで唇に、というところでピタリと止まり、壱成の顔がスッと横に反れて耳打ちされた。
「やっぱり、みんなにキスを見せるのはもったいないよな?」
「はっ?」
もったいないとかじゃなくてっ。
説明をプリーズッ!
「京……夢じゃないだろ? 俺たち、終わらないよな?」
「お、終わらねぇよっ!」
頭は混乱しながらもそれだけは否定した。
終わってたまるかっ。
「よかった……」
心底安堵したというように深く息をつき、にぎっている手を額に当てる。
「京……早く二人きりになりたい。だから早く元気になってくれ」
俺だけに聞こえるように壱成がささやいた。
もう俺の心臓はバクバクで、いまにも壊れそうだった。
みんながいるのに完全にB面だ。どうなってんだよっ。
「もー。イチャイチャするならチューくらい見せろー」
「ハグでもいいぞ、ハグ」
「京、夜中のプロポーズ、最高だったぞー」
「俺なんて感動で泣けちゃったぞ」
みんながあれこれ言いながらベッドまでやってくる。
夜中のプロポーズって……はぁっ?!
壱成は俺から離れ、みんなに場所を譲る。
すると、リュウジが俺に耳元でコソッと聞いてきた。
「おい、セフレってなんだよセフレって」
みんなの言葉が情報過多で脳内が処理しきれない。
しきれないが、とにかくすべてバレているということだけはわかった。
「セフレじゃねぇっ! そんなん一度も思ったことねぇよ俺はっ!」
思わず叫ぶと、「声でけーよバカ」とあきれ顔のリュウジ。そして笑い転げるみんな。
「なぁなぁ、あれ聞いていいかな?」
「あ、あれだろあれ。俺も気になるっ」
「でも聞くことじゃなくね?」
「えーっ、でも気になるじゃんっ」
みんながコソコソやり取りしてるが、すぐそこにいるから丸聞こえだ。
「なに、あれって」
投げやりで聞いたのが間違いだった。聞かなければよかったと思うとんでもない質問が飛んできた。
「どっちが受ける方?」
「…………は?」
「どっちが攻めでどっちが受け?」
「おいお前ら、そんなこと聞くなって」
秋人が止めに入るがもう遅かった。
興味津々の目が俺を囲む。
「ばかだろ。教えるかよそんなん」
「えーっ。いいじゃん、教えろよー。だって二人、どっちがどっちか全然わかんねぇんだもんよ」
なんでそんなこと教えなきゃならないんだ。絶対に教えねぇぞ。
そう思っていたのに聞き捨てならない言葉が聞こえてくる。
「ちぇ。いいよじゃあ勝手に想像すっから」
はぁっ?!
どっちで想像すんだよっ!
可愛い壱成を勝手に想像されたくねぇっ!
「俺が受けだよっ!」
俺は思わず叫んでいた。
言ってしまってから、これは壱成が傷つくかも、と思い至る。
いくら想像されたくないからってネコの壱成をタチにしてしまった。
「うぉっマジか! 京が受けなんだーっ!」
「へー! うん、まぁそう言われればそっちかもな?」
「だな、しっくりくるな」
みんなの言葉でさらに青くなる。
しっくりくるとか絶対壱成が傷つくじゃんっ!
秋人のあきれた顔が目に入る。だって思わずさっ! 心の中で言い訳しながら俺は慌てて壱成を見る。
壱成はポカンとした顔をしていた。そして俺と目が合うと、一瞬で表情が崩れて吹き出した。
「くっははっ!」
「え……」
壱成が、お腹をかかえて苦しそうに笑う。
「えっ。榊さんがこんな笑ってんの初めて見たっ」
「え、もしかして二人のときはこれが普通なのか?」
驚いたようにそう聞かれて「え……ああ、うん。よく笑うよ」と俺は答えた。
「へーっ。やっぱ榊さんの鉄仮面は仕事用だったんかーっ」
「昨日から初めてみる榊さんばっかだなっ」
「やべぇ、すげぇな京」
みんなは盛り上がっているが、俺は壱成から目が離せない。
傷つくどころか、こらえきれないというように笑ってる。
また目が合うと、壱成は唇だけで「ばか」と言って目尻を拭った。涙が出るほど笑ったのかと驚いた。
きっと壱成は俺が受けだと言った理由をちゃんとわかってるんだ。わかってて笑ってるんだ。
壱成が傷ついていなくてマジでホッとした。
ほんと、発言に気をつけよ……。
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