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第49話 発狂しそう

 目覚めて一日目が賑やかだったのが嘘のように、二日目は静かだった。  もろもろ検査をして、それが終るとあとはなにもすることがない。  メンバーのみんなも夕方に少し顔を出してすぐに帰った。   壱成もみんなと一緒に顔を出したが、その後は面会時間に仕事が終わらずそれっきりだった。  三日目、俺は退屈で発狂しそうだった。  家ですら寝て過ごすなんてしたことがない。ダラダラすんのは性に合わないんだ。  俺はSNSで「退屈で死ぬ……」とつぶやいた。  めったに投稿しない俺のつぶやきに、予想以上の反応が来た。嬉しくなって調子にのり、次々とつぶやいてファンのみんなに構ってもらった。  メンバーみんながおもしろがって落書きをしたギプスの写真も投稿した。  榊さんが一番に書くべき! とメンバーにペンを渡された壱成は、真ん中にでかでかと『大バカ』と書いた。 「え、なんで? なんでバカ?」  ショックで問うと「俺なんかを助けた大バカだからだ」と泣きそうな顔で言われた。  そんな壱成の『大バカ』を囲ってみんなが落書きをした派手なギプスの写真。   「大バカ、超ウケてんだけど」  静かな病室で一人笑う。  バズりそうな勢いでいいねが増える。  SNSもたまには楽しいな。なんて思ったものの、すぐに飽きた。  俺は、もう入院なんて二度としないと心に誓った。  また夕方にメンバーと壱成がやってきた。今日は社長も一緒だった。  社長と今後の活動について大まかに話し合う。  と言っても「しばらく休養って発表するぞ」と言い出した社長に「絶対嫌ですっ!」と俺が食ってかかったせいで話し合う羽目になった。  やっと明日退院できるのに、一週間は家でゆっくり休めなんて俺には拷問だ。  骨折は腕だけだし、歌番組はオリジナルで足だけの振り付けに変えればなんとかいける。無理なところは横にはけてみんなを応援する、と言うと「まぁ、お前のキャラならいけるな」と許可が下りた。  レギュラーのバラエティ番組の収録が明日だった。退院後にまっすぐ行けば間に合うが、壱成が却下した。   「退院後に直行なんてさすがに無理ですっ。もっとしっかり休養させてくださいっ」    壱成のすごい剣幕に、社長が目を丸くした。  休養はしない、足だけで踊る、という話のときから壱成はすでに機嫌が悪かった。きっとそれも壱成は反対だったんだろう。 「榊くんがそんなに声を荒らげるのは珍しいな。じゃあ来週分から参加にするか」 「……ありがとうございます」 「ただね、私はしばらく休養しろと言ったんだからな? 嫌だと言ったのは京だということを思い出してくれ」  そうだろ? 俺が怒られるのは違うよな? と俺に同意を求めてくる。   「……社長、大変申し訳ありませんでした」    深く頭を下げる壱成に社長は笑った。   「思い出してくれたか? じゃあ、あとでちゃんと京にもっと休養しろと怒っておいてくれ」 「……はい」    珍しく感情をむき出しにした壱成に、思いのほか社長が楽しそうだった。  帰りはタクシーで戻ると言って社長が帰っていくと、俺は速攻で壱成に怒られた。 「おい、あれはなんだっ。まだ安静が必要なのに踊るってっ。お前、ばかなのかっ?」 「だって仕事に穴開けたくねぇしさ。俺元気だしさ?」 「身体の打撲だってひどいと聞いてる。踊ったら痛いだろっ」 「うーん、いまんとこ痛くねぇけど……」 「いまじゃないっ、踊ったらだっ!」  壱成は気づいてるんだろうか。いまのこの怒り方は、あきらかにA面の榊さんじゃなくB面の壱成だと。冷徹な雰囲気の榊さんじゃなく、表情豊かな壱成だと。  ソファでくつろぐメンバーが、まだ驚くことがあったのか、と言わんばかりに口を開けて壱成を見ていた。 「わかったわかった。じゃあ、壱成に許可もらえるまで横にはけてみんなを応援するよ。仕事に穴は開けない。それならいい?」 「…………なんで、俺の許可……」 「だって俺のこと見ててくれるだろ? なら壱成が俺を管理してよ。じゃないと俺、無茶しちゃうからさ。ね?」 「…………仕方、ないな」    急にポーカーフェイスを装う壱成の耳が赤い。マジ可愛い……壱成。  早く退院して思いっきり壱成を抱きしめたい。  明日が待ち遠しい。  でも、退院したところでいつ壱成とゆっくり過ごせるかもわからない。  俺はまた発狂しそうだった。   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 京×榊が『ふれていたい、永遠に』の時間軸のどこになるのかついてブログに記載しましたので、気になる方はご覧いただければ幸いです❁⃘*.゚

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