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第51話 やっと二人きり

 家に着くなり壱成に怒られた。   「お前は片付けもまともにできないのか?」 「えっ、これ片付いてるほうなんだけど……」 「は……」    壱成が、信じられないものでも見る目を俺に向ける。 「だ、だったらさ。壱成の家にしようよ。俺ん家じゃなくてさ」 「……だめだ」 「なんで? ノブは行ってもいいのに京はだめなのか?」 「そうだ」 「え……」    そうだって言った?  俺は壱成の家に行っちゃだめなのか……?  壱成は、着替えや本で山になってるソファの上を片し、俺を座らせた。  壱成も隣に腰を下ろし、俺の手をぎゅっとにぎってくる。   「壱成?」 「京。お前は今後、どうするつもりでいる?」 「どうする……って?」 「ノブをやめたいと言っただろ。今後は、どうやって会うつもりでいる?」 「そりゃ一緒に住む一択じゃんっ。だって俺たちもう人生のパートナーだろ? もちろん……すぐには無理だろうけどさ」  すぐには無理でもなんとかしたい。  秋人ができるんだから俺たちだってできるだろ? 「……そうだな。それができればいいが……現状厳しいな」  壱成の返答にショックで言葉が出なかった。  秋人のときみたいに、敏腕マネージャー壱成がなんとかしてくれるのを期待してた。 「秋人はできたのにと思ってるか? あれは二人が同じランクのマンションに住んでも不自然じゃないからできたんだ。PROUDの京のマンションに、一介のマネージャーにすぎない俺が引っ越すのは無理だ」 「じ、じゃあ俺が壱成のマンションに引っ越せば……」 「もっと不自然だろ」  嘘だろ……。せっかく俺たちパートナーになれたのに……。   「京」 「うん……」 「面倒だろうが……これからもノブになってくれないか?」 「……え、っと……?」 「お前のギプスが取れたら……もう京のままでは自由に会えなくなる。でも、なんとか一緒に住めるよう考えてみるから。だからそれまでは、またノブになって会いに来てくれないか……」 「行くっ! 行くよっ! 会うためならなんぼでもノブになるよっ!」    食い気味に答えると、壱成はホッとしたように表情を和らげた。   「ああ、もういつでも来てくれ。俺の家に来るときはノブの格好で。京は絶対にだめだ。誰かに見られでもしたら……。京とノブを連想させたくない……」    だから今日は壱成の家じゃなく俺の家だったのか。  壱成がいろいろ考えてくれているのに俺はだめだな。  繋いだ手を指でさすった。するとキュッと壱成の手に力が入る。  ハッとした。  俺はなにをしてるんだ。  やっと壱成と二人きりなのに。二人きりじゃんかっ。 「抱きしめていい?」 「キスしていいか……?」    二人の声がかぶる。  たまらなくなって壱成の腕を引いて抱きしめた。   「壱成……」 「京……」    やっと抱きしめることができた。  病室ではみんなに「ハグしろハグー」とからかわれたが、まさかできるわけがない。  二人きりになれたのは、目覚めて一日目の、あの二分間だけだった。  腕の力をゆるめキスをしようと身体を離すと、壱成の瞳が不安そうにゆれる。 「壱成?」 「京……」  いまにも泣きそうな顔になって、壱成はふたたび俺を抱きしめ首元に顔をうずめた。 「壱成、どした?」 「京……」 「壱成?」  背中を優しくさすると、何度も俺の名を呼ぶ壱成の声がしだいに涙声に変わっていく。 「…………本当に……無事なんだな。夢を見てるわけじゃないんだな……」 「壱成……。もしかして、ずっと気張り詰めてた?」 「…………わからない。元気なお前を見て安心したつもりでいた。でも、いまやっと……本当に安心できたみたいだ……」  きっと、自覚もないほど気を張り詰めていたんだろう。  やっぱり壱成はポーカーフェイスが得意なんだと痛いほど実感する。二人きりにならないと本当の壱成が見えてこない。  まだこんなに不安にさせていたなんて全然気が付かなかった。 「壱成。俺はもう大丈夫だよ。安心して」 「京……」  ゆっくりと壱成が顔を上げる。目にいっぱい涙をためて、俺の頬を愛おしそうに両手で包む。 「京……愛してるよ……愛してる……」 「壱成……っ。俺のほうがもっと愛してるから……っ!」  俺たちは見つめ合い、どちらからともなく唇を合わせた。   「……っ、……きょ……んっ、……京……」 「壱成……愛してる」 「ん……っ、愛……してる……っ、きょう……」  初めて愛を伝え合ってキスを交わした。それもノブじゃない、ちゃんと京でだ。  胸が熱くて喉の奥が詰まる。  壱成の熱い吐息が俺の耳を溶かした。   「……ん、……はぁ…………」  壱成が唇を離して涙を流しながら俺を見つめ、俺をそっと抱きしめた。 「京……愛してる。……ずっと、伝えたかった。ノブじゃなく、ちゃんと京に好きだと……愛してると……ずっと言いたかったんだ」 「ん。俺も、ちゃんと“京”で言いたかった。壱成……愛してる……」  壱成の身体がふるっと震えた。 「…………夢みたいだ」  

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