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第52話 愛を伝えきれない ♢壱成♢
京の腕の中でやっと安心できた俺は、いつまでも涙が止まらなかった。
病室で元気に振る舞う京を見て、何度も安堵した。だから安心できたと思っていた。
でも、心からは安心しきれていなかったみたいだ。京のあたたかい腕に包まれて、凍った心がゆっくりと溶かされるように涙となって流れ出た。
そして、愛してると口にするたびに、幸せで胸がいっぱいになった。
ノブのときには我慢して呑み込んでいた『愛してる』の言葉。
京本人に伝えられることが、こんなにも幸せだなんて想像もしていなかった。何度言っても言い足りない。どれだけ伝えても俺の中にあふれる愛を伝えきれない。
「愛してる……京……愛してる……」
「うん。俺もすげぇ愛してるよ、壱成」
京は耳にささやいてキスを落とし、優しく身体を離して俺の顔を覗き込む。
「壱成……俺はもう本当に大丈夫だから。な?」
涙の止まらない俺に困ったように眉を下げて指で何度も拭ってくれる。
「……もう、安心したよ。安心したら止まらなくなったんだ……」
「なんだ、そっか」
と京は極上の笑みを見せた。
ノブのときにしか見ることができなかった甘い表情。
ハニーベージュと薄青緑の瞳で甘く微笑まれると、心拍数が跳ね上がる。俺が俺ではなくなっていく。こんな俺は自分でも戸惑う。
「……すまない。京」
「なにが?」
「お前が好きになってくれた俺が……どんどんいなくなる……」
「ん? どういうこと?」
「お前を好きになればなるほど、なぜだか甘えたくなって……泣きたくなって……どんどん俺が俺じゃなくなっていく」
「……いっせ……」
「それでも、お前の好きな俺でいる努力をするから……だからプロポーズは取り消さないでくれ。俺はもう、お前なしでは生きていけないんだ……たのむ……」
京の首に腕をまわし引き寄せて、唇を合わせた。
目を合わせると薄青緑の瞳が俺を見つめる。もうそれだけで夢のようで身体がふわふわした。
「……んっ、……きょう……っ……」
「壱成……」
何度も夢見た京とのキス。“ノブ”じゃない“京”とのキスを、一度でいいからしてみたかった。
でも、もう一度だけじゃない。これからはずっと京とキスができる。朝まで一緒に京と過ごせる。まるで夢のようだ。
京の世話係なんて完全に職権乱用だ。
しばらく京にだけ付きたいと、俺はまずメンバーに相談した。
みんなは面白がってOKしてくれたが社長は違った。世話までする必要はないだろうと一度は却下された。
それでも、怪我は俺のせいだからと食い下がり、あきれられながらも許可が下りた。泊まり込む必要まで無いと言われたが、俺の責任なのでと強く出ると勝手にしろと笑われた。
そんな無茶をしてでも、俺は京のそばにいられる理由を作った。こうでもしないと一緒にいることができなかった。ギプスが取れるまではノブにはなれないからだ。
……そんなことは、もう俺には耐えられなかったんだ。
事故が起こる前ならば、職権乱用など絶対に考えられないことだった。でも、いま京と離れるのは不安すぎた。異常はないと聞かされても、血を流した京を思い出し身震いする。
職権乱用だろうとなんだろうと利用できるものは利用して、俺は京のそばを離れたくなかった。
「壱成……あんまり可愛いと襲っちゃうよ?」
熱っぽい吐息を漏らして京が俺を見つめてくる。
「努力なんて必要ねぇよ。そのままでいいんだって。俺が好きになった壱成はさ。確かに敏腕マネージャーの榊さんだけど。いまの壱成のほうがもっとずっと好きだよ。俺にしか見せない可愛い壱成を愛してる」
目を細めて破顔して、京は俺の心臓を壊しにくる。
「甘えたいなんて最高に嬉しいし、俺が好きで泣いちゃうとか可愛すぎて悶絶しそう。だから心配すんな。俺は、そのままの壱成を愛してるよ」
「京……」
「俺のせいで壱成が壱成じゃなくなっていくって、最高の愛の告白じゃん」
京はそう言って俺をぎゅっと抱き寄せた。
「……なぁ。俺たち、もう人生のパートナーなんだよな? 夢じゃねぇよな?」
「それは俺が聞きたい……。本当に……夢じゃないよな?」
そう聞き返すと、京が俺の首筋にキスをした。
「……ん……っ……」
「夢かどうか確かめ合おうよ」
ね、ベッド行こ? と京が優しくささやいた。
「……だめだ。お前はまだ安静だろ」
「え……大丈夫だって。大丈夫だから退院したんだろ? 踊るわけじゃねぇんだし……」
「だめだ……俺が不安なんだ。もうしばらくは、ちゃんと安静にしてくれ……」
京の首元に顔をうずめ、なだめるように背中をさする。
俺だっていますぐ愛し合いたい。俺の中を京でいっぱいにしてほしかった。
でも、退院してすぐなんて不安で怖い。
不安が押し寄せるたびに、コンクリートに横たわる血を流した京を思い出して身体が震える。あんな状態からこんなに元気になったのは本当に奇跡だと思ってる。
「えー……マジか……生殺しなんだけど……」
俺たちにしては確かに間が空いている。この状況で期待するのも無理はない。
でも、血を流して倒れてからまだたった五日しか経っていないのに、もうすっかり元気なつもりでいる京には不安しかない。
とはいえ、そんな京が可愛いと思ってしまう俺は……やっぱり重症だ。
「舐めてやるよ」
笑って頬にキスをして身体を離し、ソファの下に降りようとした。
でも、京の腕がそれを阻止して再び俺をソファに座らせる。
「京?」
「いいよ。俺そういうの嫌い」
「嫌い……?」
「……だから。そういう奉仕的なの、嫌いなの。趣味じゃねぇんだって」
「奉仕……」
腕を引かれて抱きしめられた。
「エッチは一緒に気持ちよくなれるからいいんじゃん。……なぁ、いつならいいの? 明日? 明後日?」
「……ちゃんと元気になったらだ」
「もう元気なんだけど……」
「……俺が…………俺がもう京は大丈夫だと、安心できるようになったらだ……」
はぁ……と深い息をついて優しく俺の頭を撫でる。
「頼むから、早めにお願いします……ね?」
「早く、俺を安心させてくれ」
「えー……どうすれば安心してくれんの……?」
途方に暮れる京が可愛い。
とりあえず、やる元気はあるんだな、と俺は少し安心できた。
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