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第54話 失念してた……

 翌日、バラエティー番組の収録のため、午後からテレビ局にやってきた。今日はPROUDのメンバー全員が出演する予定だ。  壱成が運転する車で、俺は家からまっすぐテレビ局に来た。そして、今は誰もいない楽屋で一人ぼうっとしていた。  全員が出演する収録で、俺は今日初めて一人で楽屋入りをした。いつもは車の中からみんな一緒にゾロゾロと楽屋入りをするから、今日は静かな楽屋になんだか落ち着かない。  すると、壱成が楽屋にやって来た。 「なんだ、まだみんな来てないのか」 「うん」 「京、寂しいんだろ」 「……うん」  壱成は一瞬驚いた顔をして、くっと笑った。 「素直だな」  いまは仕事モードのはずなのに、笑顔を見せてくれる壱成に嬉しくなった。 「いっ……榊さん」    壱成と呼びそうになって慌てて言い直す。  壱成は、気をつけろと言いたげに俺を見た。   「あのさ。俺、今日の収録って……ただ見てるだけ?」    全員でミニゲームに挑戦し、獲得点数によって視聴者プレゼントを決めるバラエティー番組。身体を使うゲームが多く、俺は収録を楽しみにしていた。   「……そんなことはない。参加できるものもあるぞ。ジェスチャーゲームは回答できるし、伝言ゲームも大丈夫だろ」    逆に、それだけかとうなだれた。   「あ、そうだあれは? 二人羽織。俺あれやりたかったんだよね」    二人羽織とは、羽織を肩からはおった人の背後にもう一人が入って袖を通し、後ろの人は何も見えない状態で前の人に物を食べさせたりするゲーム。  お題を何個クリアできるかという視聴者にも人気のゲームだ。二組挑戦することになっている。  本当は俺が後ろをやる予定だった。前でもいいからやりたいと言うと、壱成は首を振る。   「だめだ。そんな背中でできるはずないだろ。さわるだけでも痛いのに」    壱成は顔をゆがませた。あ……また泣かせる……と俺は焦る。   「わ、わかった。じゃあみんなの応援頑張るわっ」    昨夜、一緒にカレーを作って食べて幸せいっぱいの俺たちは、仲良く一緒に風呂に入った。  最後までできなくても、いつものようにイチャイチャするくらいはいいよな? と下心満々な俺はバカだった。  腕が使えない俺の代わりに、全身を洗ってやると楽しそうだった壱成は、俺の背中を見て真っ青になり、身体を震わせて泣き出した。  なんで忘れていたのかと自分を張り倒したくなった。背中の打撲がひどく、入院中は患部を冷やしていたのに、いまは完全に失念していた。   「すまない……。俺のせいでこんな……っ。本当にごめん……京……っ」 「大丈夫だって壱成。もう全然痛くねぇから」 「嘘つくな……そんなわけないだろ……っ」    壱成が震える手で背中にふれる。大丈夫だと思ったのに、壱成が軽くふれただけでかすかに痛みが走って身体が反応した。   「ほら……痛いだろ……っ」 「痛くねぇよ、ちょっとこそばゆかったんだって」 「こんな……お前これで本当に踊るつもりだったのか……っ?」 「踊りは大丈夫だってっ。足だけだから痛くねぇっ!」    思わず強く言い返してから、しまったと思った。   「やっぱり痛いんだな……」 「い、壱成……いやでも、本当に大丈夫だから。寝るときだって別に痛くねぇしさ」    壱成はボロボロと泣きながら、背中にふれないよう首に腕を回し俺を抱きしめた。   「ごめん……京……ごめん……」 「大丈夫だって」    大丈夫しか言えない自分に嫌気がさす。  壱成は俺の身体を洗いながら、小さな打撲を見つけるたびに涙を浮かべ、風呂を上がってもベッドに入っても、顔色は完全には戻らなかった。  壱成を抱きしめて眠る夢も叶うはずもなく、俺たちはただ並んで横になり手だけ繋いだ。  俺が眠りに落ちるまで、壱成がずっと不安そうに見つめていたのを俺は知っている。  みんなが楽屋入りして賑やかになった。  壱成が出ていくと、世話係はどうだとみんなが一斉に俺をいじる。  でも、楽しく話す気分になれない俺にすぐに気づき、みんなは話題を変えた。   「今日ゲームに挑戦するのはPROUDの皆さんですっ」    収録が始まった。   「よろしくお願いしまーす」  みんなで声をそろえる。  観覧席から「京ーっ!」「おかえりーっ!」と声が上がった。   「うん、ただいまーっ」    手を振ると歓声が上がる。  グループ全員がそろっているときに、こんなにはっきりと俺にだけ向けられる歓声は初めてだ。  正直、嬉しい。  でも、この感情は壱成にもっと認めてもらえるかも、という喜びだ。まだ兄ちゃんだと思ってた頃のままの感情。  俺の感情は、なんでも壱成に直結しているな、と心の中で苦笑する。  司会の芸人さんが、事故に遭った俺をいたわってくれた。   「広瀬くんのギプス写真、バズってたよね。ちょっと見せて見せて?」    黒のアームホルダーで完全に隠れているギプス。ホルダーを外すと、でかでかと目に入る『大バカ』の文字に司会者は吹き出した。   「これメンバーが書いたんでしょ? この大バカは誰?」 「……っ」    思わず言葉に詰まった。バカなんて……これが件のマネージャーが書いたと知ったら世間の反応はどうなるんだろう。  悩んでいたら秋人が代わりに答えた。   「これはマネージャーです。俺なんかを助けた大バカだからだって。誰よりも京を心配して、いまもずっと自分を責めてるんです」    うん。嘘をつくわけにもいかないし、これが正解だな……。  でも、反応が返ってくるまでの数秒、ものすごく緊張した。   「えっそうなんだっ、メンバーじゃなかったんだっ。そっか、ふざけて書いた言葉かと思ったら、すごい深い意味の大バカだったんだ……」    しみじみとうなずく司会者に感謝した。司会者の反応で世間の反応も変わる。よかった……。   「このデカさにも気持ちが入ってるよね。これを書いたときのマネージャーさんの気持ち考えたら胸が痛いわ……。いやほんと、なんも知らなくて、笑ってごめんね」    そして司会者は、仕切り直しというように話題を変えた。   「今日は広瀬くんは、動かなくてもできるゲームだけ参加なんだよね?」 「はい、そうなんです。うあーっやりたかったーーっ。退屈であくびしちゃったらすみません」  俺の言葉に観覧席が沸いた。 「あはは。こういうの大好きそうだもんねぇ。まあ、参加できるのもあるからっ。そう落ち込むなっ」 「うぃっす」    司会者に慰められながら、ゲームがスタートした。   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ※今後、秋人が結婚式を挙げた設定に変更致します。作品の途中で大変申し訳ありません。 『ふれていたい、永遠に』が完結し、秋人が結婚式を挙げました。この作品は、その後のストーリーとなりますので、こちらの作品にも結婚式を挙げた描写に一部変更致します。大変申し訳ありません……(>_<。 )  

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