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第56話 同罪
一人でシャワーを浴びに行った壱成をベッドで待つ。
いつものように一緒にと思ったのに「お前は終わったあとでいいだろ? いいから待ってろ」とさっさと一人で行ってしまった。
きっと壱成は完璧に準備をしてくるだろう。
俺の楽しみが……。
治るまでは絶対に俺にはやらせてくれないだろうな。
治ったらじっくりねっとり準備してやろう。俺は一人ほくそ笑んだ。
いつも一緒にシャワーを浴びるとき、俺たちはタオルで拭くのもそこそこに、そのまま裸でベッドに流れる。
でも、今日は壱成一人。どうやってベッドまで来るだろう。
裸か? パンツだけ? いや、タオルを巻いて来るかな。
音が聞こえてきた。壱成が来る。俺はわくわくしてドアを見ていた。そしてドアが開いて……。
「……パジャマかよっ!」
シャワーから戻ってきた壱成は、しっかりとパジャマを着ていた。なんだよ、ガッカリだよ。
「パジャマがどうした?」
「……なんでもねぇよ」
首をかしげながらベッドに腰をかけ、俺をじっと見る。まるで観察するように全身を見る。
背もたれ付きのベッドに寄りかかって座る俺を、くまなく見る。
「壱成?」
「……京」
「なに?」
「……それは痛くないのか?」
「それ?」
壱成の視線の先に気づき納得した。
寄りかかってる背中は大丈夫なのかと言いたいんだ。
「うん、痛くねぇよ。ピンポイントで押されたら痛いだろうけどさ。これは大丈夫だよ」
「そうか……」
壱成はホッとしたように小さく息をつく。
一日中俺を心配してる壱成に胸が痛くなる。
俺はもう本当に大丈夫なのに。
「壱成。こっち来て?」
右腕を広げて壱成を待つ。
すると、壱成は素直にベッドに上がり、俺の膝の上にまたがった。
でも、またがるだけで座らない。なんで?
「おーい。壱成?」
「…………ここに」
「ん? なに?」
「ここに……俺が乗っても痛くないのか?」
え、そんなことまで心配してんの?
「痛いっつーか、気持ちいいしかないよな?」
「は…………」
俺が含み笑いで壱成を見ていると、ムッとして怒り出す。
「そうじゃないっ。俺は、足とか腰とか、そ……それの周りのことを心配してるんだっ!」
それの周り、という表現に笑いそうになった。
「ああ、なんだ、そういうことか」
本当はわかっていたけど、わざとしらばっくれた。
「背中以外どこも痛くねぇよ。俺ほんと大丈夫だから」
「……本当に痛くないんだな?」
「痛くねぇって。昨日風呂で見ただろ? 背中以外なんともねぇから」
「小さな打撲が……」
「そんな打撲、普段なら気にしねぇだろ?」
「…………京……すまない」
「また。もーなんで謝んの?」
壱成はゆっくりと俺の上に座ると、親指の腹で俺の唇をひと撫でしてからそっと唇を合わせた。
また男前なキスだな。ゾクゾクするじゃんか……。
優しく絡まる舌が愛おしい。
もっとほしい。そう思ったが、すぐに壱成の唇は離れていった。
「京……」
「うん?」
「すまない……。不安になりすぎてる自覚はあるんだ……。毎晩あの事故の夢を見る。お前が目覚めない夢を見る……。だから怖いんだ……」
「壱成……」
「京……抱いてくれ。お前はもう大丈夫だと、元気なんだと、身体で実感したいんだ。そうすれば……もう少し安心できる気がするんだ」
壱成の瞳が不安そうにゆれていた。
俺は、壱成が『俺も限界なんだ』と言った本当の意味を理解していなかった。
どうしてこんなにも俺を心配するのか、まったく分かっていなかった。
いま壱成と一緒にいられるこの状況に喜んでる俺は最低だ……。
「壱成……ごめん……。本当にごめん……」
「どうして京が謝るんだ」
「俺……俺さ。本当は……この事故に感謝してたんだ……」
「は…………」
壱成は驚愕したように目を見開いた。
「何をばかなこと……っ!」
「だって……事故がなかったら俺たち終わってただろ? 壱成はプロポーズなんて受けてくれなかっただろ……?」
「…………そ、れは……」
「だからさ、……俺は事故に遭ったこと、ずっと感謝してたんだ……。壱成がこんなに苦しんでるなんて……わかってるつもりで本当は何もわかってなかった。俺……ほんと最低だ……」
壱成の顔を見ていられなくて、俺は視線をずらすようにうつむいた。
「この怪我だってそうだよ……。俺は、壱成を独り占めできる理由ができたから……嬉しかったんだ……。ほんと最低だよな……ごめん……」
こんなことを話したら壱成に愛想をつかされるんじゃないかと、不安でたまらなくなった。
でも、黙っているのは無理だった。こんなに壱成が苦しんでるのに、隠しておくことができなかった。
沈黙が続いた。壱成がいまどんな顔で俺を見ているのか、想像するだけで怖くて顔が上げられない。
俺が沈黙に耐えられなくなったころ、壱成が静かに言葉をこぼした。
「……ばかだろ」
「……ごめん…………」
「ポジティブすぎだろう」
「……だよな」
「でも、そんなことを言うなら俺のほうが最低だ」
「……え?」
驚いて顔を上げると、壱成は今にも泣きそうな表情していた。
「もし事故が起こっていなかったら……お前が京だと名乗った時点で俺たちは終わってた。俺が終わらせていた。そうなれば、俺は京を失っていた。…………そう想像したら、今よりもっと恐ろしかった……っ」
最後は絞り出すようにそう言葉をもらして顔をゆがませる。
「お前が俺のせいで事故にあって怪我をしたのに、いまこうして一緒にいられることのほうが幸せだと思ってしまった……っ。俺のほうが最低だ……っ」
「壱成……」
俺は腕をのばして震える壱成の身体を抱き寄せ、あやすように背中を撫でる。
「じゃあ……俺たち同罪?」
「……同罪じゃない。俺のほうが重罪だ……」
「同罪だろ? じゃあ……もういっか。俺は、いま一緒にいられる幸せを素直に喜びたい」
「…………そう……だな」
「壱成」
「……なんだ?」
「愛し合お?」
ゆっくりと顔を上げた壱成と微笑み合った。
「そうだな。愛し合おう」
壱成は俺の唇にチュッとキスをしてから、俺の服を脱がせ始めた。
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