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第6話 ばったり会った
森下は、事務用機器の会社の技術部で働いている。
契約している会社のネットワーク管理をすることもあれば、コピー機などのメンテナンスをすることもある。
ようは、事務機器にトラブルが出た時に電話がかかってきて、修理に行く、というような部署だ。
午前中はスケジュールを調整したり電話応対が中心で、午後からはたいてい外回りになる。
水曜日のこと。
森下は、午後からコピー機の調子が悪い会社ばかりを数社訪問していた。
メンテナンスには道具が必要なので、まとめて同じ日に回る方が効率がよい。
ようやく一日の予定をこなして、あとは会社に戻って報告書をあげるだけだ、とオフィス街を歩いていた森下は、向こうから歩いてくる人物に驚いて足を止めた。
佐久間だ。
こんなところで出会うなんて、この近くで仕事をしているのだろうか。
佐久間の方も森下に気づいて、驚いたような顔で近づいてきた。
「こんなところで会うなんてな。仕事、この近所なのか?」
森下が尋ねると、佐久間は、ああ、とうなずいて少し先のビルを指さした。
「あそこだよ。セントラルオートパーツ。今、社に戻るところなんだ。お前は?」
「同じく。仕事終わって戻るところ」
「どこで働いてるんだ。近くか?」
「丸の内だよ。沢田商会。事務機器のメンテとかやってるんだけど」
「ああ、沢田商会ならウチにも来てるぞ」
佐久間は少し嬉しそうな笑顔になる。
森下は、頭の中で顧客リストを思い浮かべる。
セントラルオートパーツは、自社ビルのある中規模の会社だが、沢田商会にとってはかなり大口の顧客だ。
「いつもお世話になってます」
森下は営業口調になって頭を下げた。
サラリーマン同士というのは、昼間出会うと、時として力関係が発生してしまう。
急に態度と口調を変えた森下に、佐久間は苦笑した。
「そういや、俺んとこのコピー機も最近調子が悪いぞ。お前、直せるのか?」
「直せるかどうかは、見てみないとわかりませんが」
「じゃあ、見てくれよ。時間あるんなら」
森下はちょっと思案してから、携帯で会社に電話を入れてみる。
森下は普段どちらかというと、個人商店のような小さな会社を担当している。
大手の会社はもう少しキャリアのある先輩が担当しているはずだ。
担当者に電話をつないでもらうと、コピー機のメンテだけならついでにやっといてくれ、と言われたので、森下は佐久間の会社を訪問することになった。
会社の入り口で入館許可証をもらって、海外営業部、と書かれた部屋に連れて行かれる。
「このコピー機なんだが」
部屋の奥にあるコピー機のところへ森下を連れていくと、佐久間は説明をする。
「FAX受信もできる機種なんだが、夜中に海外から大量にFAXが来るんだ。朝出社するとよくつまってエラーになってる。つまるようになってから原稿の汚れも酷い」
「なるほど、ちょっと調べますね」
修理は無理かもしれないな、と思いながら森下はコピー機の点検を始めた。
「佐久間さーん、3番に外線」
遠くから呼ぶ声に片手を上げ、佐久間は側にあった電話をとった。
相手を確認してから、急に英語になる。
そうか、海外営業部ということは、英語はペラペラなわけだ、と森下は感心する。
まるでネイティブのように、流暢にまくしたてている。
やっぱりエリートだったか、と小さくため息をつく。
「英語、しゃべれるんですね」
森下は手を動かしながら、相変わらず営業口調で話しかける。
「ああ、二年前まではオーストラリアに駐在してたからな」
「ああ、なるほど」
二年前からディープブルーに来るようになったのは、帰国後だったのか、と森下は佐久間の新たな一面を知る。
それで日本には恋人はいなかったのだろうな、と納得する。
実のところ佐久間のようないい男なら、恋人ぐらいいくらでも作れそうなのに、と思っていた面があったからだ。
「なあ、どうだ。直りそうか?」
「部品、替えないとダメですね。それもかなり大がかりに」
「寿命か」
「まだリース期間内ですが、多分使いすぎでしょう。中のドラム交換するから、高くつきますよ」
「仕方がない。ここはFAX受信が多いからな」
「新型に入れ替えたらどうですか?受信もプリントもこれより格段にスピードが早いですよ」
森下は、一応営業トークをしてみる。
技術社員も、訪問した際には軽く事務機器の入れ替えを勧めるように、会社から言われている。
「大型の事務機器の入れ替えは、総務の許可がいるからなあ……」
「まあ、修理代が何度もかさむのと、どちらを取るかですね。リース料は現行とそれほど変わりませんから、考えてみてください」
森下は無理に勧めるつもりもなく、あっさり引き下がる。
ここから先は営業の仕事だ。
「じゃ、伝票にサインお願いします」
「ああ、それは経理に持っていって欲しいんだが……」
佐久間はちょっと思案するような顔になり、どこか内線に電話をかけた。
「……ああ、佐野? 今手あいてるか? 沢田商会さんが来てるんだが、ちょっとコピー機の話、聞いてやってくれないか」
佐野……どっかで聞いた名前だな、と森下は思い出す。
そうか、乳首ピアスだ。
クスっと笑いそうになるのを、あわててひっこめる。
今は、取引先で仕事中だった。
「おーい、佐久間っ、3番にまた外線。国際電話だぞ」
どうやら佐久間は忙しそうなので、森下は目線で佐久間に挨拶をして、総務のある階へ向かった。
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