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第7話 身の下相談

「お世話になっております、沢田商会ですが、佐野さんおられますか」    窓口で声をかけると、奥から小柄な男が立ち上がり、歩いてきた。  可愛い顔立ちをしている。  これがバーで出会ったのなら、確実にまっさきに声をかけるだろう。 「えーと、海外営業部のコピー機の件ですよね」    佐野はにっこり笑顔を浮かべ、面談室に森下を連れて行った。  森下は改めて、名刺を差し出す。 「沢田商会の、技術部森下です」 「森下……青葉さん……?」    佐野が何かに気づいたように、意味ありげな笑みを浮かべる。 「ひょっとして……佐久間さんがマロンに連れてきてた可愛いネコちゃんて、あなたのこと?」    佐野の言葉に、森下はちょっとむっとなる。  仕事中にする話じゃないだろう。  この乳首ピアスめ。  しかし、相手はお客様なので怒るわけにもいかない。  森下は、作り笑顔で返事をする。 「確かに佐久間さんとは一度マロンに行きましたけどね。俺はネコじゃないんで、そこは誤解のないよう」 「あれ? 違ったの? ママがそう言ってたんだけどなあ」    佐野は人なつこい笑顔を浮かべて、まるで友だちとでも話すような口調だ。  恐らく森下よりは少し年下のようだが、遠慮がない。 「俺、キミみたいなタイプが好みなんだけどなあ。残念だけど恋人がいるらしいね」    森下は、俺も話は聞いてるぞ、と少しくだけた口調で返す。 「嬉しいけど……ごめんね。彼氏、うるさいから」    佐野は本当にちょっと嬉しそうな顔をして、謝った。  森下はカバンからカタログを出して、本題のコピー機の話をする。  無理に決めてしまうつもりはないが、機能の違いなどは営業よりも詳しく説明できる。 「だいたい説明はわかったけど……どうしても入れ替えないとダメ?」 「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、入れ替えてもリース料はそれほど変わらないし、機能はかなりアップしてますから、一応お勧めしておこうかと思いまして」    佐野はふーん、とちょっと考えてから、また何か思いついたような顔になる。 「ねえ、それ、入れ替えたら、青葉ちゃんの営業成績になるの?」    青葉ちゃん、はやめてくれ、と森下は思うが、どうやらこの男に注意しても無駄なような気がする。  人なつこいのは可愛いんだけど。 「別に。俺は営業社員じゃないですから。まあ、だけど営業のやつらに少しぐらいは恩を売れるかな」    森下は会社で、技術社員をアゴで使う営業社員の顔を思い浮かべた。  営業社員というのは、自分たちが一番えらいと思っている。  俺にだって営業ぐらいできるぞ、というところをたまには見せてみたいものだ。 「わかった。じゃあ、僕から課長に言っておくから、その代わり、ちょっと僕と付き合ってよ」 「付き合う?」 「そう。なんか青葉ちゃんともう少し話してみたくなったから。一緒に飲みに行かない? 今日は晩あいてないの?」    佐野は甘えるような目で、森下を誘ってくる。  まあ、恋人のいる男と飲んでも仕方がないのだが、断る理由もないので、森下はOKする。  佐野みたいな可愛い雰囲気の男とは、一緒に飲むだけでも楽しいかもしれない。 「一度社に戻らないといけないので、仕事が終わったら電話するよ」 「やった。待ってるから。絶対電話してよ!」    森下は佐野とプライベートの携帯の番号を交換した。  ゲイバーみたいな場所以外で、こういう出会いはめずらしい。  別に純粋に友だちとしてつき合うのも悪くない。  ゲイ友を作るのだって、結構難しいのだから。  その晩森下は仕事を早めに終わらせると、佐野に電話を入れ、マロンで落ち合った。  店は他にひと組の客がいて、角刈りママと盛りあがっている。  佐野と森下はカウンターの一番すみで、放置されている状態だ。  しかし、森下としては、その方が助かる。  どうも勢いのある大阪弁は苦手だ。 「ねえ、青葉ちゃん、佐久間さんとつき合ってみる気ないの?」 「だから、無理だって言ってるだろ。タチ同士なんだから」    佐野はどうも、佐久間と森下との関係が気になって飲みに誘ったようである。  最初はさりげなく探りを入れていた佐野も、森下がうち解けてくると単刀直入に聞いてきた。 「無理かどうかはおいといてさ。佐久間さんってかっこいいと思わない?」    そりゃあ思う、と森下は黙り込む。  ライバルにしたら、勝ち目がない。 「つき合ってみたらいいのに。別にアナルセックスしなくてもいいじゃない。そういうカップルもいると思うけど」    佐野が意外なことを言い出した。  突っ込まないカップル? と森下は頭の中で想像してみる。  つまり、この間したように、お互いに手でするだけ、という関係か。  ゲイバーなどで相手を引っかけてヤる場合には、そんな子供っぽいことは考えられない。 「多分、青葉ちゃんが後ろはイヤだって言えば、佐久間さんは無理にはヤらないと思うけどな~」 「そんなのつき合う意味ないだろ。ヤれる相手とつき合ったほうが、お互いにいいじゃないか」 「そうかなあ。僕は、タチネコ関係なく、相手を好きかどうかっていうことの方が意味があると思うけど。多分ね、僕の予想では佐久間さんは青葉ちゃんのことが好きなんだと思うけどなあ」    そうなんだろうか、と森下は、心のどこかで期待する気持ちがある。  罰ゲームだとか言ってたが、好きでもない相手のモノをすすんでくわえる男はいないだろう、とも思う。 「だいたい、僕らみたいのって、それでなくても人口少ないんだから、最初からタチどうしはダメとか言ってると、半分は可能性捨ててるようなもんでしょ。もったいないじゃん、そんなの」    森下はさらに考えこんで、佐野がひとりでしゃべっているのを聞いている。  佐野の言うことは、もっともなのだ。  森下は今まで明かにネコの男だけを選んで声をかけていた。  しかしその中に、恋人としてつき合いたいと思うほどの魅力のある男はいなかった。  その点、確かに佐久間は魅力的なのだ。  問題は、お互いに突っ込めない、という問題だけである。

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