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第11話 期限の意味
ホテルでは甘い一夜を過ごしたものの、それから佐久間からの連絡はない。
多分仕事が忙しいんだろう、と森下は思っていたが、こっちから電話をかけていいタイミングもよくわからない。
メールも返ってこない。
まさか避けられてないよな、などと根拠のない不安がわいてくる。
森下は気分転換に、と佐野にメールをしてみた。
佐野はヒマなようで、飲みに行こう、とすぐに返信がある。
少しは佐久間の様子が聞けるかもしれない、と淡い期待を抱いて、森下は佐野と待ち合わせた。
仕事が終わって、マロンでそば飯をかきこんでいると、佐野がやってきた。
なんだか、森下もこの店に馴染みつつある。
「佐久間さんなら、今多分シンガポールだよ」
「シンガポール?」
「昨日から出張に出たんじゃないかなあ。でも、多分二、三日で帰ってくると思うよ。シンガポールなら」
そうなのか……
どうりでメールが返ってこないはずだ、と森下はほっとする。
しかし出張なら、そう言ってくれてもいいのに、と少し不満だ。
言ってくれてたら、こんな不安にならなくて済んだのに。
佐野は、一人で百面相をしながら考え込んでいる様子の森下に、クスっと笑ってしまう。
「青葉ちゃん、佐久間さんのこと気になって仕方ないんだ」
「そ、そんなことない、けど……」
「ね、あれから進展した? 佐久間さんから告白されちゃったり、とか」
どうやら佐野は何も聞かされてはいないようだ。
興味津々の目を向けてくる。
「まあ……それなりに」
「もしかして、ヤっちゃった?」
「ヤらねえよっ! それだけはしない、って約束だから」
「なるほど。それ以外はいろいろシてるんだ」
佐野はふんふん、と嬉しそうに一人で納得している。
それから、ふと佐野は何かを思いついたように、思案している表情になった。
「でもさ……青葉ちゃん、もし、佐久間さんに本気になるんだったら、早めにちゃんと気持ち伝えたほうがいいよ」
「どういうこと?」
佐野の意味ありげな言い方に、森下は眉をひそめる。
「ほんとはさ、こういうことしゃべっちゃいけないんだけど……佐久間さん、ロサンゼルス支社に駐在の内示が出てる」
「ロサンゼルス……って……」
「あ、でも、内示が出たからって、必ず行くとは限らないんだけどね。他に希望者が出ればそっちが優先だと思う。佐久間さんはオーストラリアから帰ったばかりだし」
「それって、いつの話?」
「そうだなあ……決まれば、ニ、三週間で行くんじゃないかなあ。ロス支店、人が辞めて今大変みたいだから」
そんな話は全然聞いてない。
でも、考えてみれば、最初から期限付きの条件だった。
どちらかが抱ける相手が見つかれば解消、と佐久間は言っていたではないか。
それは、ロスへ行くまでの間の、ちょっとしたアバンチュールのつもりだったのかもしれない。
「聞いてないの? 佐久間さんから」
「……聞いてない」
「そっかあ。じゃあ、断るつもりかもしれないね。きっと青葉ちゃんの気持ち知ったら、日本に残りたいって思うはずだし」
気持ち……
そういえば、甘い雰囲気にはなったが、お互いに自分の気持ちは口にしていないことに森下は気づく。
好きだと言われたわけでもないし、伝えてもいない。
今ならこの恋はまだ、なかったことにできる、と森下は思ってしまう。
そして、佐久間もそう考えているのではないかと、思ってしまう。
深刻な表情になってしまった森下に、佐野がいたずらっぽい目をして言う。
「そんなに心配ならヤっちゃえばいいのに」
「俺……佐野ちゃんに聞きたいんだけどさ」
何?と好奇心いっぱいで目を見開いている佐野に、森下は弱々しく本音を漏らしてしまう。
「初めてヤった時って……すげえ痛くなかった?」
「僕はその……Mだから。痛いの結構平気」
佐野は小さく噴き出しながら、軽く答える。
すでに抱かれることを考えている、森下の気持ちはだだ漏れだ。
あれだけ嫌がっていたのに。
「その言い方だと……青葉ちゃん、やっぱり経験あるんだ? ソッチも」
「まあ……遠い昔だけど。一度だけ」
「で、痛い思いしたんだ」
森下は、佐野に告白しながら、がっくりとテーブルの上に頭を伏せる。
「俺、どうしても怖いんだよ。突っ込まれるのは」
森下が深刻に悩んでいるようなので、どうしようかと佐野が困っていると、角刈りママがいつの間にか立ち聞きしていた。
「青葉ちゃん、その人のこと好きやったん?」
「さあ、よく覚えてない」
その嫌な思い出一回だけで、当然そいつとは二度と関わらなかった。
今では顔もよく覚えていない。
大学で知り合ったゲイ仲間で、遊び慣れている風だったから、初体験の相手にいいかと思っただけの相手だった。
「好きじゃない相手とするから、そういうことになるんよ? 好きな相手なら、痛い思いさせたいとは絶対に思わへんわ」
「そうかなあ」
「佐久間ちゃんは、そういうことする男やないと思うわよ」
それはそうだと思う。
本当に森下が嫌がることは、絶対にしないだろう。
でも、それと突っ込まれるのが痛い、というのは別問題である。
佐久間の立派なモノを突っ込まれることを想像したら、いくら優しくされたとしても痛そうだとしか思えない。
「僕は、好きならちょっとぐらいは我慢する。痛いの、最初だけだもん」
「ちょっとぐらいならな……」
佐野の言葉に、森下はまた大きくため息をつく。
それから、指でイかされた時のことを思い出す。
最初は怖かったが、慣れるとそうでもなかったっけ。
じっくり少しずつ広げて、慣らしていけばできるだろうか。
佐久間なら、嫌というほど時間をかけてやってくれそうな気もするが……
「まあ、でも、そういうことは無理せん方がええんよ。青葉ちゃんがしたくないなら、身体でつなぎとめようなんて思わん方がいいと思うわ」
ママは佐野が森下を煽っているので、中立の立場で意見を言う。
「そんなことしなくたって、佐久間ちゃんは、しっかり青葉ちゃんに惚れてると思うわよ」
「だよね! だってヤれないと分かってても、青葉ちゃんにご執心だし」
佐野が同意する。
本当にそうだろうか、と森下だけが思っている。
佐久間が自分に惚れてるっていう根拠がない。
ちゃんと告白してつき合っているわけではないのだ。
もう、森下は自分の気持ちに気づいている。
だけど、告白するほどの勇気はない。
告白するなら、抱かれるぐらいの気持ちがないとできない、と思ってしまう。
でないと、佐久間が他に抱きたい相手ができてしまうのを怯えながらつき合うことに変わりはない。
「佐野ちゃん……佐久間さんのロス行き、ちゃんと決まったら知らせてくれる?」
「ん、まあ、僕から知らせなくても、その時は佐久間さんが青葉ちゃんに話すと思うけど」
「でも知らせて。俺は、いつも佐久間さんと一緒にいるわけじゃないから」
「分かった」
ちょっと脅しすぎたかな、と佐野が心の中でペロっと舌を出しているのを、森下は知らない。
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