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第12話 週末

 週末まで佐久間から連絡はなかった。  佐野の話の通りなら、もう出張からは帰ってきているだろう。  まあ、出張から帰ってきた後は、バタバタと忙しいのは森下にも想像できる。  会いたい、と言えば無理をして時間を作ってくれそうな佐久間だから、余計に連絡をとまどってしまう。    金曜日になり、森下はやっぱりディープブルーに向かった。  もう、相手探しなどする気はまったくない。  ただそこにいれば、佐久間に会えるような気がして。  携帯を横に置いて、ただぼんやりと酒を飲んで周囲を眺めている。  時々声をかけてくる男もいるが、適当にあしらった。  もう、無理なのだ。  他の男に触れるのも、触れられるのも。    時計の針が9時を回る。  先週はこんな時間まで佐久間は仕事していたな、と思ったところへ、着信ランプが光る。  佐久間の名前が表示されて、ドキリ、と胸が高鳴る。 「今、ディープブルーか?」 「そうだよ。そっちは仕事?」 「ああ、もうすぐ片付く」 「シンガポール行ってたんだって? 忙しいんだろ」 「まあな。みやげ買ってきたし、後で渡す」    後で渡す、という言葉で、森下の胸は一気にときめき始める。  会える。  そう分かっただけで。 「お前、明日休みか?」 「休みだけど?」 「俺んち、来るか?」 「お前んち?」 「悪いが、こっちまで移動してきてくれ。その間に仕事を片づける」 「分かった」    電話を切って、森下はすぐに店を出た。  そして地下鉄で、佐久間の会社方面へ向かった。  駅で落ち合って、佐久間のマンションに一緒に帰った。  他人の家にあがることなど、それだけで森下にとってはめずらしく、少し緊張する。  ゆきずりの相手ならホテルに行くのが普通で、家に呼ばれることなどあり得ない。    知り合いから借りている、という3LDKのマンションは、ワンルーム暮らしの森下から見れば十分に贅沢な空間だった。  リビングには革張りのセンスのいい応接セットが置いてある。  男所帯にしては、きちんと片付いた部屋だ。 「適当に座っててくれ」    佐久間は二人分のスーツの上着をハンガーにかけると、冷蔵庫からビールの缶を取り出して、森下に渡す。  それから思い出したように、かばんから小さな包みを出した。 「みやげだ。何がいいかよくわからなかったんだが」 「開けていい?」    森下は包みを開いてみる。  革製の上品なストラップ。  ラッフルズホテルのロゴが入っている。 「ありがとう」 「俺も買ったんだ」    佐久間が色違いのストラップのついた携帯を目の前にぷらぷらさせてみせる。  ビールを飲みながら、森下は気になっていたロサンゼルス駐在の件を聞いてみようかと思う。  だけど、佐野から聞いた、というのもなんとなく言いだしにくい。  まだ決まってもいない人事異動を、総務の佐野がよそでしゃべっている、というのはあまりほめられた話じゃない。  それに、佐久間は機嫌がよさそうで、隠し事をしているようにも見えない。  佐久間は洗濯されたTシャツとたたんだタオルを持ってくると、森下の前に置いた。 「シャワー浴びるなら、風呂、あそこだから。泊まってくだろ?」    森下は着替えを手に、風呂場へ向かう。  シャワーを浴びながら、ふと、尻の中心が気になり、念入りに洗う。  指、突っ込まれることもあるしな、と自分に言い訳をしながら。    戻ってみると、佐久間はリビングにいなかった。  探してみると、別室でパソコンに向かっている。 「仕事?」 「いや、ちょっと調べたいことがあっただけだ」    画面は航空会社のHPのようだ。  Los Angeles の文字が一瞬目に入り、森下の心臓がズキン、と痛む。  佐久間はすぐにパソコンの電源を落とすと、自分もシャワーを浴びに行ってしまった。    やっぱり行くんだろうか。  それとも、まだ迷っている段階だろうか。  森下の心に暗雲がたちこめる。  まだ、何も伝えてないのに。  始まったばかりなのに。  やっと、好きだと思える相手を見つけたのに。  シャワーから戻ってきた佐久間は、寝室へ森下を誘う。  二人が十分寝れるぐらいの、広いベッドがあった。  佐久間は森下の服を脱がせると、自分も裸になってごろんと横になり、抱きしめる。    森下はとまどっていた。  期限付きのつき合いのつもりなら、こんなことはしないで欲しい。  恋人になったような気分にさせておいて、突き落とされたら立ち直れない。  やっぱり、こういうことは最初にちゃんとしておかないとダメなんだ、と思う。  まして、ロスへ行ってしまうつもりなら、こんなことは今日限りでやめにしたい。  でないと、戻れないところまで、心は佐久間に占領されつつある。   「どうした……元気ないな」    佐久間が森下の様子に気づいて、顔をのぞきこむ。 「慎……俺のこと好き?」    森下は清水の舞台から飛び降りるつもりで、聞いてみる。  佐久間は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。 「好きじゃなきゃ、こんなことしないだろ」    佐久間は、森下をぎゅっと抱きしめる。 「でも……他に抱きたい相手ができたら、解消するって……」 「それは、俺はお前に抱かれてやれないからだ」    森下は黙り込む。  それは俺だって同じだ。  同じだったはずだった。 「お前が他の相手を選ぶのは仕方ない。でも、俺から解消することはない。心配するな」 「抱けなくても?」 「そんなことは、最初から分かってる。そこにこだわるな。俺は気にしてない」    佐久間は身体を離すと、抱え込むように森下に腕枕をして横になった。 「不安なら、今日は何もしない。抱きたいから一緒にいるわけじゃないんだ。ただ、こうしているだけでもいい」    押しの弱い男、全開だ。  ずるい、と森下は思ってしまう。  この状況で、その優しさはかえって辛い。  そこは、強く押し流すところだろう、と言いたくなる。  

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