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第14話 行かないで

「大丈夫か? 痛いか?」    目をあけると、心配そうな佐久間の顔がある。 「慎っ……」    思わず抱きついて、森下は泣き出したい気持ちを抑えた。 「青葉……?」 「もう、どこにも行くなよっ! 俺、ちゃんと抱かれてやったんだから」 「青葉……お前、何をそんなに心配してる?」    佐久間が不審そうな顔になる。  じっと見つめられて、森下は目をそらす。 「こら、言ってみろ。お前、今日、なんか変だぞ」    佐久間が少し怒った顔で、森下をにらむと、森下はおずおずと口を開く。 「だって、お前……また海外とか行ったりするじゃないか」 「海外って出張、とかか?」    佐久間はますます怪訝な顔になる。  森下の不安がよく分からない。 「さっき……ロスの航空便調べてたから……」 「だから?」 「お前、ロスに行っちゃうんじゃないかと……」    佐久間は、何か思い当たったように、ちっと舌打ちをした。 「……佐野だな?」    森下は、ふい、とまた目をそらす。 「あいつ、またなんかつまんないこと、お前に吹き込んだんだろ」 「慎が……引き止めないとロスに行っちゃうって……」 「馬鹿だな……お前は」 「馬鹿って言うなっ!」 「それがほんとなら、そんな大事なことは、お前にきちんと言う。お前、俺のことまだ信用してないな?」    佐久間はむすっとすねた顔になる。 「確かにロス行きの話はあったけど、その場で即座に断ったぞ。佐野もそんなこと知ってるはずだ。あいつは人事担当なんだから」 「本当……?」 「お前なあ……」    佐久間はやれやれ、というようにため息をつく。 「佐野と仲良くするのはいいが、あいつにハメられるなよ。佐野は人の恋路を引っかき回すの、得意なんだから」 「俺、ハメられた?」 「その通り」    佐久間はこつん、とげんこつで森下の頭を小突いた。 「慎、ほんとにどこにも行かない?」 「行かねえよ。なんでまた俺がロスに飛ばされないといけないんだ。俺は東京本社に戻ることを条件にオーストラリアに行ったんだ」    そうか……とほっと安堵した森下の下半身に、突然衝撃が走る。  ずぶずぶ、っと抜き差しされて、森下は悲鳴を上げた。 「お前、もうお仕置き」 「あ、ひっ、ああっ、慎っ」 「だいぶなじんだから、もう痛くないだろ」 「いっ、やっ、あ、あ、ああ」    佐久間は浅く何度か抜き差しすると、森下の急所にぐっと剣先を突きつける。  ぐりぐりと擦りつけると、森下の身体が跳ねた。 「ああっ、慎っ、そこっ」 「このままイクか?」    佐久間は、森下のモノを握って、ゆるく擦った。 「ああん、んんっ、い、イくっ」 「イケそうなら、イけよ。こうしててやるから」    酷く突いたりはせず、佐久間はじっくり中の急所を擦り続けてやる。  前を扱いている指先は、森下の好きなところをぬるぬると刺激してやる。 「あっ、あん、あ、慎っ、すご、い、イく……」    きれぎれに言葉を発しながら、森下の下半身がびくん、びくんと痙攣する。  佐久間の固いモノで擦られて、指一本で刺激されてた時の、数倍の快感が森下を襲った。  前も後ろも、一気に達してしまう直前だ。 「慎っ、キスっ、してっ、も、イクっ!」    佐久間が唇を寄せると、森下は飛びつくように舌を絡めながら、暴発するように達した。  佐久間がそれでも弱く擦り続けてやると、何度も身体が痙攣する。 「あ、ああ……すごい、気持ちいい……」    放心状態になった森下を見て、佐久間はクスっと笑う。 「どうやらけっ飛ばされずに済んだな」    森下の顔を両手ではさんで、佐久間は優しく溶けるようなキスをする。 「もう怖くないだろ」 「慎なら怖くない」 「それでいいだろ。他のやつには抱かれるなよ」 「俺はタチなんだぞっ」    森下は思い出したように、涙目で反論する。  佐久間は何を今更、というように笑った。 「分かってるよ。俺の時だけネコのふりしててくれ」    佐久間は、森下の乳首にきゅっと吸い付くと、もう片方も指先で転がしてやる。  森下の後孔が、ひくっと動いて、締め付けてくる。  ゆっくり腰を動かすと、森下は佐久間の頭を抱きしめて腰を揺らした。 「ああ……んっ、慎っ、ち、くび、やっ、めっ」 「乳首吸うと、後ろが締まる」    楽しそうに笑いながら、佐久間はしつこく乳首を弄んで、ゆっくり抜き差しする。 「あ、ダメって、ああっ、す、ごい」    ずる、っと引き抜かれて、奥までゆっくり押し込まれると、また一気にぞわぞわと快感が背筋に広がる。 「青葉……気持ちいいか」 「いい、すごい、またイきそう」 「今度は一緒に……」    佐久間はまた森下のモノに優しく触れる。  イけない程度の刺激で、優しくなで回す。  そして、徐々にスピードを上げて、急所めがけて突いてやる。 「あ、あん、あん、も、っと、慎、もっと……」 「こっちか?」    佐久間はわざと、森下のモノを指でぐりぐりいじめてやる。 「ちが、ああん、やっ、ああっ」 「ならここか?」    森下の望む場所を、腰を押しつけるように強く抉る。 「あああん、イくっ、んあっ」 「俺もイくぞ」    思い切り引き抜いて、何度か奥まで腰を打ちつけると、森下はぎゅとしがみつきながら、すすり泣きのように喘ぐ。 「青、葉、目、開けて」    佐久間と森下は、絶頂直前で見つめ合う。  佐久間は腰を激しく動かしながら、余裕のない表情で森下を見つめる。 「ずっと、お前が、好き、だった」 「慎っ……ああっ、ん、んんっ」    唇を重ね、貪り合いながら、ほとんど同時に果てた。  森下はいまだかつて味わったことのない、快感と満足感に包まれる。  手で扱き合ってた時とは、天と地ほどの差がある。  中でどくん、と動いている佐久間のモノをきゅっと締め付けると、それだけでまた軽く余韻が広がる。 「大丈夫か……?」    息をぜいぜいいわせながら、佐久間が問いかけると、森下は放心状態から我に返ったように、ぷっとふくれて照れた。 「大丈夫なわけないだろっ。気持ちよくて意識が吹っ飛びそうだったよ!」 「そうか、そりゃあよかった」    佐久間はクスクス笑って、頭をなでる。 「また、抱いてもいいか」 「いいよ……慎に抱かれるのは気持ちいい」    森下は素直に、佐久間の腕の中で甘えた。  この幸せを手放したくない。  俺は、今日からネコでいい。  佐久間限定のネコだ。    セックスが終わっても、キスをしながら、甘い時間が続く。  恋人になったんだなあ、と実感がわいてくる。  眠って、目覚めて、甘い休日を過ごし、森下はまた佐久間に抱かれた。 「こら! 佐野っ!」 「あ、佐久間さん。もう来たの」    せっかく面白い話の途中だったのに、と佐野は唇をとがらせる。  角刈りママも、佐久間の登場に、ちょっと残念そうな顔になる。  どうせ話題は自分のことだったんだろう、と佐久間はため息をついた。 「また、青葉につまんないこと吹き込んでたんじゃないだろうな」 「んなわけないじゃん。僕は、キューピッドなんだから、感謝してよ」    佐野は罪悪感などかけらも感じていない。  実際、佐野がちょっかいかけたカップルは、最後はうまくまとまるのだ。  恋には、少しぐらいの波乱が必要だ、と佐野は思っている。    森下は、金曜日にディープブルーへ行くのをやめた。  佐久間も、もう行かない、と言った。  もともと森下がいる日だけを狙って顔を出していたのだ、と佐久間は白状した。  二年もかけてくどくチャンスを狙っていたなんて、もしそれが本当なら気の長い男だなあ、と森下は思う。  佐久間のお陰で、森下は気づいたことがある。  俺は、本当はネコだったんだろうな、と今は思っている。  それが証拠に、抱かれれば抱かれるほど、佐久間とのセックスに溺れていく。  ずっと、こんな風に抱かれたかったんだと、今は思う。  抱かれたい願望は、最初からあったのだ。    ただ、昔のトラウマのせいで、ずっとタチだった。  それも、今となっては正解だ。  変なやつに抱かれなくてよかったと思う。  抱かれるなら、本当に好きな相手がいい。    それに、タチだから慣れてない、と言えば佐久間は壊れ物を扱うように優しく抱いてくれる。  それも森下のツボだ。  本当はタチだ、というひとことはまるで葵の印籠のように効果がある。  怖いから、と言えば、佐久間はちょっと困ったような心配そうな顔をして、背筋が震えるほどじわじわとゆっくり挿れてくれる。  森下はそれがぞくぞくするほど好きなので、わざと怖いふりを続けている。  一気にヤられるより、じわじわヤられる方がよほど拷問だということに、気づかないんだろうか。 「それにしても、最近青葉ちゃん、色っぽくなったわねえ」    佐久間と森下をニヤニヤと見ながら、角刈りママが言う。 「こいつは、タチだぞ」 「あら、佐久間ちゃん、まだ開発してへんの?」    佐久間はフフンと素知らぬ顔をして、酒を飲んでいる。  森下には、これからも表向きはずっとタチでいろ、と言ってある。  その方が、変な虫がつかなくていい。  森下がネコもいけると分かったら、次から次へと男が言い寄ってくるのは、間違いない。  抱くのは、俺だけでいい。    第一、森下は虚勢を張ってタチだと言い続けているところが、可愛くもある。  『お前だけだからな!』と涙目で足を開いて、唇を噛んで受け入れる瞬間など、最高だ。  ヤられるのはいまだに怖いらしいが、我を忘れるぐらい乱れさせてやれば、最後は受け入れる。  それがたまらない。  簡単にヤらせる男なんかより、よほど価値がある。  だから、森下はできればネコになんてならずに、今のままでいてほしい、と佐久間は思うのだ。  タチ同士で恋愛ができるのか、と最初は二人とも思っていたのだが、想像していた以上にこの関係は燃える。  そんなわけで、森下はこれからも、双方の都合上『タチ』なのだ。  ~Fin.~

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