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第15話 ◇番外編 遠距離
佐久間が、出張でロスへ行ってしまった。
忙しい間だけの助っ人なので、状況が落ち着けばすぐに戻ってくる、と言って。
二、三週間で帰ってこれる、という言葉を森下は信じて待っている。
そしてすでに二週間以上立った。
佐久間からは、時々朝、電話がかかってくる。
時差があるので、日本が朝なら、ロスは前日の夕方だ。
携帯で国際電話ができる時代なので、距離はそれほど感じない。
出勤前にバタバタしているところへ、着信があって、森下はあわてて電話に出る。
「お疲れ」
「ああ、お前はもう会社か?」
「まだ。家だよ」
用事もないのに平日の朝から電話など、佐久間が日本にいれば考えられない。
離れていて会えないから、かけてきてくれるのだ。
それはそれで嬉しい、と森下は思っている。
「みやげ、何がいい? 食い物か?」
「別に。お前が無事に帰ってきてくれたら、それでいい」
歯が浮きそうなセリフを言いながら、森下は顔を赤らめる。
こんなこと、本人が目の前にいたら、とても言えないのだろうけど。
「可愛いこと言いやがって」
電話の向こうで、佐久間がクスクス笑っている。
「仕方ねえだろっ! 電話なんだから、言わないと伝わんねえだろ……」
「もうすぐ会えるから、待っててくれ」
「待ってるから……早く帰ってこいよ」
朝っぱらから照れたりスネたりしながら、森下は自分の乙女ぶりが恥ずかしくなる。
やっと想いが通じた途端に、行ってしまったから、会いたい気持ちはつのるばかりだ。
金曜日になると佐野からメールがある。
『今日、マロンに行く?』
佐久間が出張に出てしまってから、佐野と一緒に飲んでいることが多い。
金曜日にマロンに行くと、たいてい佐野も顔を出す。
それはそれなりに楽しいし、佐久間の話題も出るので寂しさはまぎれる。
だけど、今日はそんな気分じゃないな、と森下は思う。
飲んで騒ぐより、一人でゆっくり佐久間のことを考えていたいような気分。
久しぶりに、ディープブルーに行ってみようか、とふと思う。
佐久間とつき合い出してから、もうディープブルーには行かない、と約束したのだが、佐久間を思い出すのはやっぱりあの店なのだ。
あそこには、いつも佐久間がいた。
いつも店のどこかから、森下のことを見ていたという佐久間。
森下もまた、口をきいたこともない佐久間の存在をいつも感じていた。
『今日はやめとく』
『どうして? 何か用事?』
『今日は久々にディープブルー』
佐野の誘いを断ると、森下はディープブルーに向かった。
カウンターで一人、携帯を横に置いて酒を飲む。
時々声をかけてくる男を適当にあしらい、マスターと世間話をする。
初老のマスターは、あまり口数が多くなく、余計なことは話さない。
それでも、マスターがゲイで、かつては熱烈な大恋愛をしていた、という噂は聞いたことがあった。
森下は、カウンターで、店内を振り返らないようにして酒を飲んでいた。
そうすれば、店のどこかに佐久間がいるような気がする。
誰かに声をかける気もないし、佐久間がいない店内には興味はない。
時刻は9時。
ふと、携帯に目をやり、笑みを浮かべる。
ここにいる時に、佐久間から電話がかかってきたことがある。
9時ぐらいだった。
遅くまで仕事をしていた佐久間と、待ち合わせて家に行った。
ついこの間のことなのに、遠い昔のことのように思う。
今日は電話はかかってこないのはわかっているんだけど、ぼんやり携帯を見つめてしまう。
やっぱり佐久間は日本にはいないんだよなあ、と実感してしまう。
そろそろ帰るか、と森下は席を立った。
もう十分、気分は癒された。
まだ早いし、今からマロンに顔を出してもいいかもしれないな、と思いながら佐野にメールをしようと携帯を片手にレジへ向かおうとした時。
強い視線を感じた。
振り返り、今日初めて店内を見回すとボックスの片隅に一人で座っている、視線の人物に気づく。
「慎……どうして」
「よう。元気だったか」
駆け寄った森下は、佐久間が笑っていないことに気づく。
「いつ……帰ったの?」
「今朝だ。佐野から、お前はここだと聞いてな」
「いたんなら、どうして声かけてくれなかったんだよ!」
「お前……誰か待ってたんだろう? 俺じゃなく」
「別に誰も待ってなんか……」
「携帯気にしてるみたいだったしな。声かけても悪いんじゃないかと思ってな」
誤解だ……
ずっと待っていた本人に会えたというのに、酷い誤解。
俺が寂しい思いで一人で飲んでいたのを、だまって見てたなんて、酷い。
「行かなくていいのか? 誰かと約束があるんだろう?」
「佐野だよ! 今からマロンに行こうと思ってたんだ」
「佐野はお前は今日はこない、と言ってたぞ」
悠然とグラスに手を伸ばし、酒を飲み続けている佐久間に、無性に腹が立った。
帰国したのに、すぐに知らせてくれなかったことにも。
「たった三週間だぞ」
佐久間が自嘲するような笑みを浮かべる。
「それとも、そろそろ誰かを抱きたくなったか」
「違……」
「ここにはもう来ない、と言ったんじゃなかったのか」
「寂しかったんだよ! 悪いか! 飲むぐらい、どこで飲んだって俺の勝手だろ!」
ついに森下は切れた。
あまりにも勝手だ。
いつ帰ってくるかわからないような出張に行って、帰ってきたことも知らせないで、黙って見てたくせに声もかけないで。
あんまりだ!
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