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第17話 仲直りした

「そんなとこ突っ立ってんと、座りはったら。席、空いてるんやし」    柳が、あっちへ行け、というように冷たく空席を指さす。  佐久間は、つかつかと歩み寄ってきて、森下の肩に置かれている柳の手を振り払った。 「何するねんな。俺が口説いてる男やで!」    柳がケンカを売るように、大声を出す。  佐久間は柳を無視して、森下の肩に手をかけた。 「青葉、こいつはタチじゃないか。やめておけ。傷つくのはお前だぞ」 「えらい言われ方やな。誰が傷つけてるんか、アンタ分かってるんか?」    柳が食い下がると、森下は、もういい、と手で制して顔をあげた。  それから、佐久間の顔をまっすぐにらんだ。 「俺、お前のそういうところすげえ、嫌い。物わかりのいいようなこと言って、自分だけ安全なところに逃げて」 「逃げて……?」 「だまって人のこと監視して、責めて、追いかけてきてくれたのかと思ったら、タチはやめとけ? ふざけんな。他に言うことないのかよっ!」    森下は立ち上がって、佐久間を押しのけて、つかつかと佐野のところへ行き、腕をつかんだ。 「ネコならいいんだろ。なら、今日は佐野と寝る。文句ないだろ!」    佐野は、ちら、と佐久間の顔を見てから、森下の腰に手を回す。 「いいよ。僕が青葉ちゃん、なぐさめてあげる。出ようよ」 「佐野……お前……」    佐久間は今度は、怒りの矛先を佐野に向けた。 「お前、青葉に手出したのか」 「人聞き悪いこと言わないでよ。誰のせいでこんなことになってると思ってんの」    佐野が冷静な声を出すと、佐久間はふと我に返った。  店内全員が、冷たい目で自分を見ている。 「せっかく青葉ちゃんが一人でディープブルーにいるって教えてあげて、今頃仲良くやってるかと思ったのに。佐久間さんて、ほんと最低だよね」    佐野は冷たい声で言いながら、森下を上目づかいで見上げる。 「もういいよ。佐野ちゃん。行こ」 「青葉ちゃん、くやしくないの? このニブチンに言ってやりなよ。ディープブルーにいたのは、あそこが佐久間さんを思い出せる唯一の場所だからなんでしょ!」 「もういいって。俺、信用されてないみたいだから。出よう」    森下は佐野の肩を抱いて、店を出ようと歩き出す。 「悪く思わないでね。僕は青葉ちゃんと寝れるなんて、ラッキー♪」    ダメ押しのように佐野が言い放つと、佐久間がようやく口を開いた。 「青葉……誤解だったんなら、俺が悪かった」    佐久間に背を向けたまま、森下がぴたり、と足を止める。 「お前が誰かを抱きたくて、ディープブルーに行ったのなら、見逃してやろうと思ったんだ。その……俺は抱かれてやれないから」 「慎、まだそんなこと言うの」    森下は、おさまりかけていた怒りが、またこみ上げてくる。 「だったら! なんで最初に俺に手出したんだよっ! そんなこと関係ないって言ったのはお前だろ? お前以外好きにならないって、俺が言ったこと、もう忘れた?」 「忘れたわけじゃない……」    佐久間はすっかりバツの悪そうな顔になって、森下を背中からそっと抱きしめる。 「お前が、幸せそうな顔して携帯ばかり見てたから、てっきり誰か他の男を待ってるのかと思ったんだ。俺じゃないと思って」 「携帯見てたんじゃない」    森下は、背を向けたままきっぱり反論する。 「ストラップ……お前がくれたやつ」 「……悪かった。俺が悪い」    佐久間は、森下の背に額をつけて、情けない声を出した。 「まあ……もう、許してあげたら? 佐久間さん、反省してるみたいだし」    佐野が仕方なく、森下をなだめる。 「そうや、もういい加減仲直りして、座ったら?」    柳も仲裁に入る。  佐久間は、怪訝な顔になり柳をにらんだ。 「お前、なんの関係があるんだ」 「ああ、俺。国内営業部の柳です。佐久間さんて、海外営業の人でしょ」    柳はくったくのない笑顔を浮かべる。 「会社の人間か」    驚いた顔で佐久間が佐野の顔を見ると、佐野はニヤニヤしながら柳の腕に飛びついた。 「柳さん、グッジョブ!」    柳と佐野は、げんこつと手のひらをパチンと合わせた。  それから佐野は、もう一人ぽつんとカウンターに座ったままの男のところに柳を引っぱって行った。 「雪ちゃん、ごめんねえ。大事な彼氏借りて。あの人騒がせな人たち、仲直りしたみたいだから」    ごめんな、と頭をなでながら、柳はその男の隣に戻る。 「その……すまなかった。見苦しい所を見せてしまって」    佐久間は頭をかきながら、全員に謝る。 「青葉……こっち向いてくれないか」    背を向けたままの森下に佐久間が懇願すると、森下はやっとおずおずと佐久間の方を向く。 「慎のバカ……」 「ごめんな」 「おかえり……」 「ただいま、青葉」    佐久間は人目も気にせず、森下を抱きしめて唇に軽いキスを落とした。  この場で精一杯の謝罪だ。  それから佐久間と森下も、カウンターに並んで座った。 「あーあ。僕、青葉ちゃんと寝てみたかったのに、残念」    佐野が嫌みのように、佐久間を軽くにらむ。 「俺も佐野ちゃん、抱いてみたかったかも」    森下も、佐久間に嫌みのように言う。  佐久間はちょっとだけ困ったような顔をしてから、ふと笑った。 「お前、誰かを抱きたくなったら、佐野にしとけ」 「えーっ? いいの?」    佐野がきょとん、とした顔で目を丸くする。 「他の男より安心だ。ヤりたくなったら、佐野なら許可する」    森下は、一瞬佐野の顔をまじまじと見て、それから、顔を赤らめた。 「佐野、結構好みだろ?」    佐久間は意地悪く、森下の耳に囁く。  タチだった頃の森下の好みは、よく知っている。 「いいのかよ」 「その代わり、抱かれるのは俺だけだぞ」    森下は一瞬危ない妄想が頭に浮かび、顔がさらに熱くなる。 「ひょっとして、青葉ちゃん、結構乗り気?」    佐野が嬉しそうに、ニヤっと視線を送ってくる。 「僕はいいよ。3Pでも。あ、でも僕に突っ込むのは青葉ちゃんだけね。佐久間さんは青葉ちゃんに突っ込む方」 「つまり……俺、真ん中?」 「そう。青葉ちゃんが連結部分ね」    佐野と佐久間は顔を見合わせて、爆笑する。 「いいな、それ」    佐久間はあごに手をあてて、ニヤニヤしている。 「でしょ? 僕が青葉ちゃんの前から搾り取ってあげるから、佐久間さんは後ろでやりたい放題♪」 「どうだ、青葉?」 「俺、身体持たねえよっ!」    佐久間に突っ込まれながら、佐野に突っ込んでいるところをリアルに想像してしまい、森下は股間に熱が集まるのを感じてしまった。  そんなことはあり得ないが、もし現実になったら、気持ちよすぎて気絶しそうだ。 「その気になったら、いつでも言ってね♪」  佐野は冗談とも本気ともつかないような調子で、二人に笑いかけた。

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