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第8話 仕事を放棄する理性

 腰に、ぞわわっとした痺れが走る。  ははっと響いた笑い声の後、鞍崎さんの声が続く。 「お前でも、そんな顔すんのな」  言葉に、どんな顔をしているのか、見たくて堪らなくなる。  振り返ろうとするオレの背に、抱き着いている柊の顔が、恥ずかしさを誤魔化すかのように(うず)められる。  ヤバい、ヤバいヤバい……。  くっそ………、可愛い。  オレの腰は痺れっぱなしな上に、煽られた心は下半身に熱を溜め始める。  テントを張ろうとする股間を、シンクに押しつけ、隠そうと試みた、が。  鞍崎さんの視線は、不自然に盛り上がるそこを、チラ見する。  うわぁああ。絶対、バレた。絶対、呆れられたぁっ。  石化したオレが、端からガラガラと崩れていった。  度を越した羞恥は、心に奇妙な冷静さをもたらした。 「鞍崎さん、すいません。オレ、傍に居るんで……」  オレの中の獣が暴走を始める前に、解放してもらおうと、柊の脇腹をぽんぽんっと叩いた。 「いや。じゃ、あとは頼むな」  鞍崎さんの口許が〝ほどほどに〞と形作り、背を向ける。  背中にくっついて離れない柊を引き摺り、ベッドに座らせた。  ぼんやりとした柊の瞳が、オレを見上げていた。  襟ぐりに指を掛けた柊は、そこをぐっと引き下げる。  キスマークをせがんできた柊に、オレの理性は仕事を放棄した。  冷静さを取り戻そうと足掻いてはみたが、無駄骨だった。  風呂に入っていないと気にする柊。  汗臭くったって、気にならない。  当たり前だ。  オレは柊のすべてが、好きなのだから。  添い寝の誘いは、ギリギリの所で踏み止まる。  風邪が伝染る云々(うんぬん)など、どうでもいい。  いや。逆にオレに伝染せば治るのなら、いくらでも引き受けてやる。  誘いを断ったのは、(ひとえ)に、オレの理性がまたもや仕事を放棄し、柊の風邪を悪化させる結末しか見えなかったからだ。  同じ空間にいるのに、寂しそうな顔をする柊。  離れ難くなり、柊の部屋に常備しているスケッチブックを手に、ベッド脇へと戻った。  心頭を滅却するには、…煩悩を追い払うには、絵を描くのが一番だ。  とりあえず、眠りにつくまでは気配の感じられる傍にいようと、そこに腰を据えた。  体調が悪く、心細くなっているのであろう柊の手が、スケッチブックを掴むオレのそれに重なる。  柊の掌を擽った小指が、きゅっと握り込まれた。  利き手ではないその手が固定されたところで、絵を描くコトに支障はない。  オレは無心でスケッチブックに鉛筆を走らせ始めた。  柊のコトを描けば、悶々とした欲情が腹底から溢れ出しそうで、思い出しながら鞍崎さんの姿を描いていく。

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