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第10話 オレの権利
「風邪ひいて、うんうんいってるのに、オレに襲われたら、たまったもんじゃないでしょ? 無心になりたくて、鞍崎さん描いてたの。深い意味はないよ」
残りのみかんを口に詰め込んだマコトは、スケッチブックを拾い、無造作に鞍崎が描かれた頁をべりっと毟り取る。
「これ、育にやって。ここにあるの嫌でしょ?」
剥ぎ取った1枚を手に、甲でスケッチブックを叩くマコト。
居た堪れない俺は、視線を逸らす。
「柊が風邪だって教えてくれたの育だから。そのお礼」
ベッドに座る俺の腿の上に、ふわりと乗せられた鞍崎の顔が、呆れながらも心配しているように見えた。
「柊がオレの連絡無視するから。なんかやらかしたのかと思って、めっちゃ焦ったんだからね」
ベッドの端で頬杖をつき、むすっとした顔で俺を責めてくる。
「……ごめん」
眉尻を下げ謝る俺に、ベッドの端に座り直したマコトの手が伸び、柔らかに髪を弄られた。
「セックス出来ないなら会う意味ないとか思ってないから……そろそろさ、信じてくんない?」
悶々とした劣情を抱えたが、それは俺が煽ったからで。
「柊の身体が目当てじゃないって。柊のコト、…気持ちを含めて、全部が好きなんだって。セックスするためだけに一緒にいる訳じゃないよ」
頭から頬へと滑り降りてきたマコトの手が、すりすりとそこを撫で擦 る。
「わかってる。風邪、伝染したくなかったんだよ……」
瞳を逃がしながら紡いだ言葉に、マコトは目敏く違和を拾う。
「伝染したくないってだけじゃなさそうだけど? 言っていいよ?」
白状しろとでもいうように、むにゅりと頬が摘ままれる。
「……仕事、放り出して来そうだと思ったんだよ」
マコトなら、俺のために。
なにもかにもを放り出して、駆けつけてくれると、思ったんだ。
「あー、くっそ。自惚 れ過ぎだよなっ、悪か……」
むぎゅっと真正面から、抱き着かれた。
背後から俺の頭に触れたマコトの手が、これでもかと撫で回してくる。
「自惚れでも何でもないよ。来るに決まってるじゃん。仕事なんて放り出して、駆けつけるよ」
嬉しそうにとんでもないコトを紡ぐマコトに、腕の檻から逃げを打つが一分の隙も見つけられず、俺は捕獲されたままに言葉を返す。
「それはダメだろ。社会人として、ちゃんと働け」
ぽふぽふと背を叩いて叱る俺に、マコトの唇が、かぷりと耳殻を噛んでくる。
「仕事なんて、他のヤツでも出来るけど、柊の看病はオレにしか出来ない。看病は、オレの特権」
俺の肩口に顔を埋めたマコトは、はあっと深く息を吐く。
「柊は、伝染したくないって言ったけど、オレは、伝染されたい。ほら、風邪ってさ人に伝染すと治るって言うし」
耳の下に押し当てられた唇が、頬に移り、鼻の頭を噛られた。
「そうしたら、今度はお前が寝込むだろ」
マコトの額に手を当て、ぐっと押し剥がす。
身体が軽くなったと言っても、完全に治った訳じゃない。
こんなコトをしていては、マコトに風邪を伝染してしまう。
「かもね。でも、寝込まないかもよ? オレ、体力には自信あるし」
顔を離したマコトは、自慢気な笑顔を湛えた。
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