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選ぶということ 1

ザァ…ザザン……と波を寄せる、暗い夜の海。 がむしゃらに走ったのに、気づいたらここに着いていた。 「はぁ…は……はぁ……っ!」 息を整える間も無くバシャリと海の中へ入ろうとする、が 「っ、ひ!」 あまりの冷たさにすぐ足を出す。 駄目だ、冷たすぎる。 しかも暗くて、周りに誰もいない1人の状態。 苦手としていたものが全て揃っていて、足がすくんで動けなくなる ……けど。 「う、あぁぁあ!」 自分を奮い立たせ、身体ごと倒れるよう一気に飛び込んだ。 跳ねる水飛沫に震えが止まらない。 冷たくて、どんどん体温を奪われていく。でも、 「エルバ…エルバ……!」 水をかき分け、一歩一歩進む。 絶対、あれは夢なんかじゃないと思うんだ。 たくさん共鳴で触れてくれた手の感覚を、今も覚えてる。 自意識過剰で、それを言ったら鼻で笑われて。 喧嘩みたいなのもして、怒ったら拗ねて呼んでも出てこなくなったりして。 「エル、バ……っ、エルバぁ!」 背が高くて頼り甲斐があって、腹が立つけどかっこよくて、優しくて。 水の練習にも根気強く付き合ってくれた。 過去の話をしても、引かずに受け止めてくれた。 一緒に授業を受けて、話をして、笑って、感じて。 同じ男なのに抱かれてもいいと思ってしまった、あなたに ーーただ、会いたい。 「う…ぇぇ……ひっ」 堰き止めていた大粒の涙が、零れ落ちた。 会いたい。 嫌われていても、避けられていても、会いたい。 俺の居場所はあなたの隣だけなんだ。 あなただけが俺の居場所で、そこでしかうまく息が吸えない。 苦しいんだ、あなたがいないと。 もう絶対自分の気持ちを前には出さない。 この恋は…愛は、胸の内に押し留めておく。 だからどうか、もう一度俺を相棒にしてくれないか? もう一度だけで、いいからーー 「……っ、エルバ……」 ポツリと呟いた声は掠れ、静かな海へと消えて行く。 いつの間にか身体の震えも止まっていて、ボロボロ落ちる涙を拭うと手からしょっぱい水滴が落ちてきた。 あぁ俺、やればできるじゃん。 あんなに怖かったのに、この暗い海の中1人で立ってる。 なんだ。エルバのためなら俺、なんでもできるんじゃない? でも……これは流石に無理なのかな。 当たり前だよな。だって違う世界なんだし。 いくら水の中だからって、想いが通じるわけない……か。 「はは…は………っ」 虚しくなって、下を向く。 夜風が頬に当たり、一気に現実へ戻って血の気が引いてきた。 どうしよう。これ絶対に心配されてる。 病院を抜け出して海にまで入って、また自殺しようとしたって考えられるかもしれない。 そうなったら両親が傷つく。あぁ、俺何やってんだろう。自分の想いを優先しすぎて馬鹿みたいだ。 きっと今頃、医者や看護師も探し回ってるはず。早く戻らなーー 「何処へ行くんだ?」

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