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森 3
肌に直接触れる触手は夜の冷たさもあり、まさぐられる感覚も相まってあまり心地の良いものではない。魔物の捕食行動に興味こそあったが、自分が被食者側になるとはつゆほども思わなかった。どうせ目を閉じていればすぐ終わるだろう、と軽く見つつも、サラマンダーには腑に落ちないことがあった。
パルケラィアはすぐ食事を始めようとはしなかった。ヒトのように服の上から体を撫で、あらわになった肌にキスを落とす。それがむず痒いというか、真意がわからない。これでは捕食というよりも……
背筋を触手が這うと、ぴり、と甘い刺激が走る。洩れかけた吐息を唇を噛んで押しとどめた。
「おい、いつまで遊ぶつもりだ」
感じているのを悟られないようにと思うと、自然と突き放すような口調になる。
「最初に時間をかけると言った」
対してパルケラィアは落ち着いたもので、かまわず丁寧な愛撫を続ける。袖の中を触手が這うのは奇妙な感覚で、腕を引くと下で草が擦れる音がした。
「怖いのか」
「違う、そういうわけでは……」
目をまともに見れず、視線を彷徨わせる。歯切れの悪い返事をする自分に苛立った。
パルケラィアは魔物だが、不思議と恐ろしいとは感じない。モンスターに関してはいまだ解明されない部分も多く、多くの人間は謎の残る彼らをひどく恐れる。サラマンダー自身は特性さえ知って下手を打たなければ、魔物も大した脅威にはならないと考えている側だ。が、だとしても無防備に身体をさらけ出すなど、我ながら大胆な決断をしたものだ。腹部をさする触手は慈しむようにやさしく触れてくるが、その気になれば腕の一本かるく折り砕くことができるのだろう。魔物と人間とではそれほどまでに大きな差があるのだ。なのに、
器用に髪留めをほどかれた。うざったくて結んでいた髪が草の上に散らばる。覆いかぶさるパルケラィアはそれを踏まないよう、腕を置く場所にも配慮しているようだ。パルケラィアはどこか人間くさい。そこが気後れする要因なのかもしれない。
だから触手が下半身に伸びたとき、覚悟はしていたが少し身構えてしまった。股の間をくぐった直後「……ん?」と疑問の声。形を確かめるように触手を押しつけ、パルケラィアが考えあぐねる姿を見上げつつ、サラマンダーはやはりこうなったか、とため息をついた。
本来そこにあるべきはずのものが、ない。
「女……?」
「……事情があると言っただろう」
ぶっきらぼうに返すサラマンダー。それ以上質問するな、と言わんばかりに口をつぐんだが、パルケラィアがその場所から目線を外さなくなったので、苛立った口調で続きを語り始めた。
「研究の最中に調合を間違えた、まだ俺が十九のころだ」
作っていたのは筋力の増強剤であったはずなのだが、途中でフラスコを倒し下半身に薬剤をかぶってしまった。その際ひどい火傷を負ったが、時間が経ち治癒した患部を確かめたところ、こうなっていた。今は廃れたとはいえ、錬金術は未開の部分も多く残ったままの学問だ。魔導の台頭により興味を失われたという方が正しい。それ以来、治す方法を探りながら旅をしている。時代遅れと知りながら固執するのはそういうわけだ、とサラマンダーは語る。
「ふむ、意外とウカツなのだな」
「二十年近くは前の話だぞ。正確には……二十三か。そんなに経つか……」
改めて年月を数えたサラマンダーは重苦しく肺の空気を吐き出した。当然それ以降、どちらの性とも行為をしたことはない。自分の身体と思うと探求心も湧かず、おぞましく思えて自慰行為も数えるほどしかしたことがない、と聞いたパルケラィアは、長いまつげをゆっくりと瞬かせた。
「ならば、処女か?」
「~~~~ッ、気色の悪い質問をするな!」
「なるほど、痛みを感じさせないよう善処しよう」
自己完結したパルケラィアは、しゅるりと触手をズボンの下に滑り込ませる。サラマンダーは性急な動きに少なからず驚いたようで、無意識だろうが腕にしがみついてきた。が、逃げ出そうとはしていないところをみるに、対価を踏み倒すことは考えていないようだ。存外義理堅いのかもしれない。
布の上からくすぐるように触ると耳が赤くなる。その部分と、若い個体のそれと比べても遜色のない厚い胸板を比べると、なんと表現するのが正しいのだったか、そう、『倒錯的』と言えた。
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