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②
「ルー…ファス…?」
試しにもう一度呼んでみたら。
「…ああ、そうだが…?」
と、はっきりと肯定され。途端に早鐘を打つオレの心臓。
まずあり得ないであろうこの現状に。
きっとこれは夢なんだと…なんだか叫び出したい衝動に駆られた。
「ッ…!な───…」
ペタペタペタ…論より証拠、とりあえず触ってみる。これが夢なら、何しても平気だろって…
思ったんだけど。
「その、一体何の真似だ…?」
顔に腕にと遠慮ナシに身体をまさぐり、また顔に戻ってきて。端から見れば、失礼極まりないオレの行動に。
さすがに困惑した様子の彼───…ルーファスは。
耐えきれずオレの腕を掴んでは、その行為を止めさせるのだけど。
まあ、普通はそうなるよね…
「あっ…ごめ…やっぱり本物、なんだよね…」
コレが夢だったら、逆にリアル過ぎて怖い。
だって掴まれた腕は、ちゃんと体温を感じるし。
ずぶ濡れの身体や匂いに感触、息遣いとかも全部…どう考えても現実としか考えらんないんだもん。
だけど…
「ルーファス…って、」
あのルーファス様だよな?…と、改めて目の前の青年を仰ぎ見る。
アリサちゃんお墨付きの整った顔立ちは…甘く万人の心を溶かし。神秘的な深い海色の蒼髪は、しっとりと濡れている所為か…爽やかさの中にも、淡く色香を放つ。
そんでもって、エメラルドの如く麗しき双眸に射貫かれたならもう最後。誰であれ一瞬で魅せられてしまうだろう。
現に男であるオレでさえ、こんな至近距離で見つめられドキドキしちゃってんだもんね…。
その男らしい美声で、愛でも囁かれようものなら。例え男だとしても彼になら抱かれても───…なんて、思えてしまえるくらいに。
この青年は二物三物と云わず、あらゆる魅力の全てを…兼ね備えていらっしゃるのだから。
(コレが本当にあのルーファス、なら…)
一体どうなってんの…?
まさか何日も引き籠って、徹夜でゲームしまくってたから頭おかしくなっちゃったとか…
失恋と失業のダブルパンチで、おまけに貯金叩いて来た旅行先の船まで、災難に遭い転覆。
そのショックがでかすぎて───いや、もしかしたらあの時オレは…既に溺れ死んでいて。
ここはもう、死後の世界とかなんじゃ───…
(いやいや…いくらドン底だからって、そりゃないだろ…)
確かに、今が人生で一番辛い時かもだけどさ。
じゃあもう潔く死んでしまおう!…なんて自暴自棄起こすほど、追い詰められてたワケじゃあないんだ。
旅行だって半分くらいヤケクソではあったけど。
それは純粋に、気分転換がしたかっただけなんだし…
(けど……)
こんな非現実的、どう考えてもおかしいだろ?
だって目の前にいる青年は間違いなく、
『初恋♥守護騎士様』に登場する二次元キャラクターの騎士、ルーファス様なわけで…。
それが今目の前に存在して。生身の身体で、直接触れちゃうとか…絶対にあり得ない話なんだから。
「…セツ?」
「あっ、な、に…?」
ひとり唸りながら頭を抱え、あーでもないこーでもないと百面相していたら。困惑したルーファスが遠慮がちに名前を呼ぶので。
我に返るオレは、あたふたしつつも返事し…彼を見上げた。すると……
「やはり…間違いないようだな。」
ハテナ?と首を傾げるオレを余所に、ルーファスは何か確信したよう頷く。と、
「私の事を知ってはいるようだが…改めて。私はこの王国“フェレスティナ”において、神子を守護する命を賜った騎士がひとり、ルーファス・ディオン。」
じっとオレを捉えたまま恭しく名乗りを上げ、そっと手を取られて。
厳かに、雰囲気をがらりと変えた彼は…なんとも凛々しく騎士の名に相応しい空気を、瞬時にして纏う。
その洗練された美しさに、オレは男相手なのも忘れ…熱く心臓ごと、奪われそうになるけれど。
「世界を救いし“神子”よ。我が身、我が魂は、貴方の御心のままに…」
ごく自然な所作で跪き、誓いを立てるかのよう宣言するルーファスは。ふわりと柔く微笑んだあと、
「あっ…」
オレの手の甲に、そっと口付けを落とした。
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