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⑥
『セ~ツ~!』
「っ……!!」
その時、逃げて来た方向からロロ達の声がして。
我に返ったオレは、無意識にルーファスを見上げる。
ここはやはり逃げるべきか、なんて考えてたら…
「こっちだ。」
そう言ってルーファスはオレの肩を抱いたまま、目の前の部屋へと素早く誘 う。
扉が閉まると…カーテンが閉じられた室内は、すぐさま薄暗闇に包まれた。
「るっ…」
「静かに…」
開きかけた唇を、指先で封じられて。
ふにと触れられたそこが、妙に熱く…じわりと、胸を焦がしてく。
『あれ~、こっちの方へ逃げたと思ったけどなぁ~…』
部屋のまん前、扉の向こうではロロとジーナのくぐもった会話が聞こえてきて。
ドキドキしながらも暫く息を潜めていると…
それは次第に遠ざかって行った。
「…行ったようだな。」
「ふぇ!?あ、うんっ…」
珍しくも悪戯に笑うルーファスに、オレはひと安心とばかりに息を吐く。…けれど、
「────…で、どうしてセツは…そのような姿に?」
…それも束の間、コイツはどう足掻いても見逃がしてはくれないから。
さすがにオレもこれまでだと、観念して。
少々かいつまんではみたものの…これまでの経緯を、ぽつりぽつりと打ち明けていった。
話終わると、ルーファスは眉間に皺を寄せてしまい。なにやら考え込んでいたけども…。
「ならばもう…アシュレイ殿には、見せてしまったということ…か?」
「え…?」
女装に至った詳細云々よりも、ルーファスは何故かアシュレイのことのが気になったみたいで。
いつになく真剣な眼差しで、オレに答えを要求してくる。
「や、その前に…逃げて、来たから…」
ルーファスには結局、見つかっちゃったんだけど…とは言えないが。
濁しながらもそう答えると、コイツは安心したよう溜め息を漏らした。
「そんなダメなのか?…アシュレイに見せんの。」
素朴な疑問をぶつけると、当然だと声を張るルーファス。やはりアシュレイとは、馬が合わないのだろうか?
「アシュレイ殿は、駄目だ…。…いや、違うな…」
首を振り、オレの頬に触れてくるルーファス。
その真っ直ぐな瞳に、オレは一目で心奪われる。
「このように、可憐な姿のお前を…」
“私が見せたくないから────…”
それは普段見ることの無かった、ルーファスの我が儘な一面で。
「すまない、これは私の独り善がりだな…」
謝罪を口にしながらも、まるで束縛するみたくぎゅっと抱き締められて。
甘い甘い空気に、このまま流されてみたいだとか。つい、思ってしまうから…ダメなの、に。
(もう、どうしよう……)
この世界に来て、ルーファスに出会ってから…
オレはどんどん変になっていく。
それでもまだ、ほんの数週間でしかないのに。
コイツとの時間はほんの僅かな時でさえ、永く濃密で。
歯止めを知らず、ぐんぐん加速して際限なく…
内へと刻み込まれてくから。
(なんで、だろ…)
怖い…
ちょっと前まで失恋だの何だのと、騒いでたのが嘘みたいに。今のオレは、既にコイツで埋め尽くされようとしてる。
だからなのかな…?
もしも突然、元の世界に戻されたらとか…コイツが目の前からいなくなってしまったら、とか…。
考えれば考えるほど、この瞬間が失われるかもしれないという不安を。
抱かずには、いられないのだろう。
「セツ…?」
そんな不安の表れか、無意識にルーファスを掴んでた腕が少しだけ震えてしまってて…。
察したルーファスが、宥めるよう優しく抱き締めてくれる。
ホントどうしてだろう?
ルーファスが相手だと、男同士でこんな風にくっついてても、全然嫌じゃないし。
むしろもっと、こうしてたいなって…欲まで出てきちゃうから。
不思議だな…
「ルー…」
「どうした?」
子どもみたく、甘えるようルーファスの胸に擦り寄り、願う。
「ずっと…」
「ん…?」
けどそれは、容易く口に出せるほどの保証も自信も…何処にもなくって。
「いや、なんでもないよ…」
「セツ…?」
弱すぎるオレの心では。
結局、言葉として紡ぐことは叶わなかった。
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