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「とはいえ私も遊びに来たわけではありませんし。ここで神子を消すことが叶うなら、それはそれで好都合なんですがねぇ…」 それでもムーバは、臆した様子も無く自信ありげに告げる。けど… 「聖域外とは言え、ここは結界の恩恵が強い場所ですよ?魔族の王でもない貴方が単独でこの数を相手に…勝算があるとは、到底思えませんが?」 魔族も馬鹿ではないのだし。ムーバの狡猾(こうこつ)そうな雰囲気からしても、闇雲に突っ込んで来るようなタイプじゃないと思うけど…。 圧倒的に不利だと解っていて挑んで来るのか、と…アリシア様が再度問うも。彼は表情ひとつ変えることなく、女王様を嘲笑った。 「ならば、試してみれば良いではありませんか…」 言ってムーバは何やら呟き始める。 それはどうやら呪文のようなものみたいで…。 唱えると彼の手には、魔力が渦巻くようにして。瞬く間に集められていった。 「させるかよッ…!!」 それと同じくして既に動いていたのか、いつの間にかジーナが魔族との距離を一気に詰めており。地を蹴り高く飛んだ後、瞬時に拳を繰り出した──── …が、それは虚しくも空振ってしまい。着地した勢いのまま、すぐに拳を構え直したものの…ジーナは悔しげに舌打ちし、ムーバを睨んだ。 「皆さん何やら勘違いしていらっしゃるようですが…単身で挑むほど、私は愚かではありませんよ?」 ジーナが妨害したにも関わらず、彼の術は未だに効力を保ったままで。そうこうする内に術は完成し、発動してしまう。 瞬間、辺りに異様な気配が立ち込めてきて───… 「なん、だ…」 産み出された数多の闇は、一瞬で形を成し。 そこら中を埋め尽くすほどの『異形なモノ』を…顕現させていった。 「聖域の目前で、召喚術など…」 あり得ないことだと、騎士達は驚愕し動揺を見せる。 それを他所に、ムーバに呼び出された闇の眷属達は咆哮を上げ。此方に向け、敵意を剥き出す。 その姿はまさに化物。 大きさは様々…獣型に蜥蜴(とかげ)のような類から、甲虫っぽい姿形のモノもいて…。ヌラヌラと黒光りする身体から、不気味な闇を燻らせるその禍々しさに。 オレは恐怖襲われ、足がすくみそうになった。 「怯むな!我らは神子を守護せし騎士の精鋭なるぞ!」 こんな時に頼れるのは、団長クラスの人間であり。奇襲から想定外の魔物召喚を受け、出鼻を挫かれようとも…冷静に皆を一喝し、奮い立たせるのはオリバーさん。 「今こそ我ら騎士団の天命を成す時だ!隙を見せるな、陣を整えよ!」 普段は飄々としているアシュレイも、元は特級騎士団第五防衛隊・副団長だった男。オリバーさん同様に物怖じすることなく、自らも指揮を取っていた。 「ロロ、セツの後方を頼みますよ!」 「まかせて!」 ヴィンとロロが目配せで合図し、各々の役割に沿って配置に着く。 「ルー!セツの子守り、頼んだぜ!」 ムーバと最も至近距離で対峙するジーナが叫べば、ルーも小さく頷き長剣を構えた。 オレは無力にも、ただひとり恐怖に怯えるしかなくて… 「大丈夫、私が必ず護る。」 ルーの背中が、そう告げるから。 「うんっ…」 オレは答えて、彼らに全てを託した。

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