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「間もなくですよ、神子…」 そうしてる間にも、ムーバの侵攻は続き。 物腰柔らかな口調とは裏腹に。オレを捉える眼は、如実な殺意と狂気に満ち溢れている。 魔族にとって、神子の存在は邪魔でしかなく。 神子が施す結界は一方的にも、魔族の力を抑えつけてしまうのそうだから。彼らがオレに向ける感情も、解らなくはないけど…。 だからといってオレが何かしたわけじゃないし。 逆恨みはちょっと、勘弁してくんないかな… 「僕がいるのを…忘れないでね!」 「チッ…!」 槍を構え、ムーバに立ちはだかるのはアシュレイであり。素早く全身から魔力を構築し、目の前に障壁を展開していく。 守護騎士になる前は、特級騎士団の防衛部隊所属だったから。こういう支援や防御系の魔法が得意なんだそうで。 現にムーバは障壁に行く手を阻まれ、悔しげに舌打ちを吐く。 「たかが三下に、大事なセツは譲れないなぁ。」 まるでムーバが役不足だとでも云わんばかりに、言い放つアシュ。 屋敷で鍛練してた時は、積極的に戦う姿は見せなかったけど…。隠された実力は、ルーにも引けを取らないって話だったから。実際は相当な強さだと思う。 アシュの防御障壁を忌々しげに、見上げるムーバは。彼から間合いを取り、掌に魔法を増幅させる。  また何か呼び出すつもりかと、オレは固唾を飲んで見守っていたが… 「させないよ!」 そこは最年長のアシュ、抜かりなく先を読んでいて。ムーバの魔法が完成する前に、自ら特攻へと躍り出た。 「…ッ……」 その表現は的確で。 煌めく金糸の髪を(なび)かせ、槍を手に地を蹴る姿は勇敢で美しく…まるで舞いでも踊っているみたいに。優雅でありながらも、動きに一切の無駄がなく、洗練されている。 一方、肉弾戦が不得意そうなムーバは、防戦一方を強いられており。彼の仮面が、判り易く剥がされていくものだから。 魔法も接近戦も等しく得意なアシュの方が、かなり優位な展開に見えた。 「戦う気がないのなら、そろそろ終わらせて貰うよ。」 「小癪なッ…!」 強がるムーバの表情には、さっきまでの余裕は感じられず。アシュの宣言通り、決着は火を見るより明らかだったが。 (あ────…!) ふとオレの視界に入った先には、ティコの姿があって。上手く木々の影に隠れていたところを、運悪く魔物に見つかってしまい… 魔物に襲われる、瞬間だったから───── 「セツ…!!」 オレはルーが呼び止める前に、咄嗟に走り出していた。それを視界に捉えたアシュが、一瞬出遅れる。 『グルルル…』 「ひッ…!」 獣か爬虫類か、判別つかないほど禍々しい闇の生物は。怯えるティコを獲物とみなし、高らかに咆哮する。 その声は鼓膜が破れそうなほど低く、恐ろしくて。 幼いティコが、恐怖に抗えるはずもなく。茫然と魔物を見上げたまま…へたりとその場に崩れ落ちてしまった。 くっそ…間に合え…!! 「ティコッ…!!」 早く早く、無我夢中で走る。 運動神経なんて端から持ち合わせてないし。 こっち来てから散々思い知らされてたから、解ってたけど… 今だけは、と…縺れそうになる足を奮い立たせ、少年目指して走った──────けど、 「ぁ…」 「ティコ───!!」 手を伸ばしても、 オレなんかじゃ届くはずもなくて。 少年は無残にも、目の前で鈍い音を立て… 魔物に弾き飛ばされてしまう。 「ティコ…ティコッ…!!」 「…ぅ…ぁ……」 転がるようティコの元へと駆け寄り、小さな身体を抱き上げる。 名を呼べば、微かに声を漏らしたけど。 すぐにぐったりと、腕の中で…動かなく、なってしまった。

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