125 / 423
⑨
「はぁ、はぁッ…」
広い屋敷の中を爆走し、適当な空き部屋に滑り込む。
全力で走ったから、足はもうガックガク。
そのままぺたりと床に崩れた。
(はぁ~…ヤバかったぁ…)
閉めた扉のすぐ横の壁に凭れ掛かり、天井を仰いで深呼吸して。
咄嗟のこととは云えど、なんかメチャクチャ失言しまくってたなぁと。余りの余裕の無さに、さっそく自己嫌悪に苛まれる。
オレ、こんなキャラじゃなかったんだけどなあ~…。
ここまで感情的になるなんて、殆どなかったし。
今までの恋愛遍歴を辿ってみてもさ。こんな風に振り回されるくらい、気持ちが昂ることだってなかったんだ。
けれどルーファスに出会ってからは、もうずっとドキドキしっ放し。叶うわけないのにって、諦めようと思いながら…どんどん抑えが効かなくなってしまってる。
好きだと自覚した途端、欲張りになっちゃって…。
油断したらこの気持ちを。うっかりと晒け出してしまいそうだから…危険だ。
ルーのヤツも、まさかオレに惚れられちゃっただなんて、知る由もないだろうからさ。
アイツは自覚ナシにガンガン誘惑してくるし。オレもいちいち真に受けて、期待しちゃうから…。
この想いがイヤってわけじゃないけど。
実りの無い片想いが、こんなにもしんどいだなんて…
ホント全然知らなかったよ。
『セツ────…!』
(わわっ…ルーだ…!)
その時、廊下からルーの叫ぶ声がして。
オレは思わず小さい悲鳴を上げるも、慌てて口を押さえる。
心臓をバクバクさせながら、ぎゅっと目を閉じ。息を潜め、なんとか見つからないようやり過ごすと…。ルーの足音は次第に部屋の前から通り過ぎて行った。
ひとまず安心かと、胸を撫で下ろす────が。
「セツ……」
「んぎゃ────ッ!!」
オレ如きが熟練の騎士様を欺 けるワケがなく…
通り過ぎたと見せかけ、忍び足でUターンしてきやがったルーファスに。呆気なく見つかってしまう。
本能的にオレは部屋の奥へと這いつくばり、逃れようとするのだけれど…
「逃げないでくれ、セツ…」
「…ッ……」
座ったまま、とすんと壁際へと追いやられたかと思えば。
逃げ道を失くし、壁へと手を付かされるオレのそれに。不意打ちにも、ルーの手が重ねられ…背中越し、体温が伝わるほどの距離から…ルーの気配を感じる。
何コレ、向き合ってないだけマシだけどさっ…
なんかスッゴク恥ずかしいんですけど…。
「昨日は、すまなかった…」
悲痛な声音が耳元からして。吐息が当たるほどの距離感に、体温がどくりと音を立て跳ね上がる。
「こんなこと、初めてなんだ…セツが相手だと、どうも自制が効かなくて。」
「え…?」
…それってどういう意味だろう?
意味深なルーの台詞に、オレの心臓は勝手に期待して舞い上がる。
いや、きっと深い意味なんてないんだって…自分に言い聞かせようとするけど。恋する乙女モードに突入してしまったオレでは、どうしても都合よく捉えたくなるから。
それじゃダメ、なんだけどさ…
「私の軽率な行動が原因なのは解ってはるんだ…それでも、」
“お前に避けられるのは耐えられない”
そう言ってルーはオレの後ろ頭に、コツンと額で触れてくる。
「る、う…」
触れた箇所が熱くって。
今にも倒れそうになるのを、必死で堪える。
もう…言ってることと、やってることが滅茶苦茶なんだけど。安易に翻弄されるオレは壁際で赤面しながら。震える手で、どうにか踏ん張ることしか叶わない。
「セツ…?」
「わ、わかったからッ…」
コレ以上惑わさないで────…
耳元へと直接伝わってくる振動に、ビクビクしながら。なんとか身体を捩って、ルーの胸を押し返す…が。
骨抜きにされてくオレに、そんな力が出るわけがなく。抗おうにもルーの服を掴むのが精一杯。
「許してくれるのか…?」
「ゆ、許すからっ…」
別に怒ってたワケじゃないんだけど…。
オレが避けてたから、勘違いさせちゃったんだろうな。
振り回したことについては、申し訳ない気もするけど。これ以上蒸し返すと色々ボロが出そうなので…。ここは否定せず、素直に頷いておこうと思う。
「良かった…」
「ちょ、こらこらっ…」
よっぽど嬉しかったのか。ぎゅきゅっと抱き付いてくるルーの胸を叩いても、一切の効果はなく。
はぁ…どれだけオレを翻弄すんだよと、ひとり内でごちる。
(ホント困っちゃうよなあ…)
この天然タラシなオレの守護騎士様はさ…。
そうぼやきながら、ルーの背中をぎゅっと掴む。
ルーは気付いてなかったけど…
(好き、だよ…)
言葉には紡げそうにない、そんな想いを秘めて。
日の目の無かろう、この感情を。
ルーの胸の中でこっそりと育んでは…飲み下していた。
ともだちにシェアしよう!