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「以前、城下に行っただろう?」 勿論、鮮明に覚えてる。 オレにとっては初デートみたいなもんだったし。ルーを好きだと初めて自覚したのも、あの時だったんだから…。 あんな事になって、苦い思い出にもなっちゃったけど…。それでもルーとふたりきりで、町を散策出来たことは…何よりも楽しかったんだよ? 「セツがとても気に入ってた指輪が、どうも諦めきれなくてな…」 本当なら、あの日に贈りたかったのだが…。 結果的にそれどころではなくなり、騒動に流され曖昧になってしまってたらしいけど。 「舞踏会当日、実家に立ち寄ったところ…エリス…今日宮殿で会っただろう?彼女が城下にある仕立て屋に品物を取りに行くからと、付き合わされたんだ。」 エリスさんはルーの遠縁の、幼なじみのような間柄だそうで。舞踏会に参加するために、ルーの実家へと滞在していたらしく…。 で…無理矢理に同行させられた際に、あの装飾屋さんの前を偶然通り掛かって。 指輪のことを、思い出したのだという。 残念ながらあの指輪は、既に売れてしまっていて。新しく作るにも時間が掛かるというから。 ルーには守護騎士の務めがあったし、なかなか都合も付かなかったため…諦めようかと相当悩んだらしいけど。 事情を知ったエリスさんが気を遣ってくれて。指輪が完成した後、自分が代わりに受け取りに行くからと…申し出てくれたんだそうだ。 「本当は随分前に、仕上がってはいたのだが…」 勢いで買ったものの…いきなり指輪を贈るというのも、なんだか不躾な気がしてしまったルーファスは。エリスさんから再三呼ばれていたにも関わらず、受け取りを渋ってたんだそう。 それに痺れを切らしたエリスさんが、わざわざ渡しに来てくれたんだと…。ルーはなんともバツが悪そうにしながら、苦笑った。 「じゃあ、なんであの時…」 先に帰れだなんて言ったの?って。 オレが腑に落ちないとばかりに、唇を尖らせると。 「エリスはちょっと、変わり者でな…。あの場でセツに会わせると、色々面倒なことになりそうだったから…」 すまなかったと、ルーファスは項垂れる。 真実を知ったオレは、途端に身体の力が抜けて。そのままベッドにへたり込んでしまった。 改めて指に嵌められた物を、じっくりと眺める。 どうしよう…オレの表情筋、かなり緩んでんじゃないかな?顔とかメチャクチャ熱くてヤバいんだけど…。 「それに、エリスは…」 (私と同じくらい、神子に憧れていたからな…) 「え?」 ルーが何か言ったような気がしたけど。 なんでもないと、はぐらかされてしまい。 オレは首を傾げながらも、すぐに指輪へと視線を戻す。 「へへ…」 まさかオレへのプレゼントだったとは、思ってもみなかったけども。ルーがくれたものだから…すっごく嬉しい。 男が指輪を貰ってニヤニヤしてるだとか、相当気持ち悪いけどね。 だって指輪だよ? そんなのプレゼントするとか…普通なら誕生日とかでも、そうそうしないよね? って、ん…? そこでオレは、あることに気が付く。 (ルーのヤツ、しれっと薬指に嵌めてるけどさ…) 右手、ではあったけども。 オレのいた世界では、右でも特別な意味が…あるわけで。 「あの、さ…」 「ん?」 未だにくっついたまんまの、ルーを見上げると。至近距離で顔を覗き込まれ、バカみたいに心臓が騒ぎ始める。 「えと…指輪はこの指で、いいのかな…?」 深い意味はないんだよね?と、遠回しに問えば。 ルーはハテナ?と疑問符を浮かべて。 「うん?その指では、寸法が合わなかったか?」 そんな、的外れな答えが返ってきたので。 「や、なんでもないです…」 きっとこの世界では、指輪の位置に深い意味なんてないんだと。オレはそう無理矢理に結論づけ、言葉を濁した。 余計なこと言って、これ以上墓穴を掘りたくはないからね…。 「機嫌は…治ったか、セツ?」 ついついにやけ面で指輪を見てたら、ルーが悪戯に微笑んできて。勘違いによる、これまでの痴態を思い出し…顔が熱くなる。 「まあ、うん…。」 なんかすんごいこと言っちゃった気もするけど…。とりあえず生返事すると、ルーは嬉しそうに目を細めて。 「ならば…安心した。」 指輪の嵌められている方の手を取ると… オレの瞳を捕らえたまま、そこに柔く口付けを落とした。

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