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「ぐッ…きさ、ま…」 「神子を始末するという、約束でしたのに…」 苦しげに(うずくま)るグリモアの胸元からは、痛々しくも真っ赤な血が滴り落ち…ぼたぼたと、床を一気に染め上げる。 その苦痛を与えたのは… 「ムー、バ…?」 「神子に名を覚えて頂けるとは…光栄ですね。」 グリモア以上に不気味な笑みを湛えた、魔族の男……ムーバの仕業だった。 「裏切っ、たなッ…!」 両膝を着き、怒りの形相で叫ぶグリモアは。ゴホゴホと咳き込んで、口から血を吐き出す。 その姿を見下ろすムーバは、悪びれた様子もなく冷たく微笑んだ。 「何を言うかと思えば…貴方が神子を差し出すというから、私はお手伝いして差し上げましたのに。」 “おかげであの時は痛い目に遭いましたが…” …と、ちらりとオレを一瞥するムーバ。最初はその意味が解らなかったけど… 「まさか……森の…」 ハッとして気付く。 確かに、あんなタイミングで魔族が襲撃してくるなんて…。よくよく考えてみれば、辻褄が合うじゃないか。 「さすがは神子、勘がよろしい…この男が色々と情報を提供してくれたのですよ。」 醜いものでしょう? そう付け加え、グリモアに向けゴミでも見るかのような視線を送る。 「前回は守護騎士も揃い多勢に無勢。しかも全くの無能と聞いていた貴方が、予想外の力をみせましたからねぇ…。本日もグリモアが、根回しするからと頼んできたので。仕方なく手助けして差し上げることにしたのですが。」 ペラペラと必要以上に饒舌なムーバ。 その含んだ物言いに、オレは後退りしながら考える。 もしかしたら、ルーやアシュ、ヴィンに急用が入ったのも。宮殿からの使いと称した御者が屋敷に来たのも…偶然じゃなかったのかもしれない。 「まあ、私も愚かではありませんから。こうして早めに来てみれば…案の定、彼が神子をつまみ食いしていたというわけですよ。」 「ぐああッ…!!」 云うや否や、グリモアの傷口を抉るよう踏みつけるムーバは。人為らざる形相で、残酷な言葉を下す。 「もとより人間と馴れ合う気など、ありませんからねぇ。神子も手に入ったことですし…」 貴方にはご褒美を差し上げましょう、と。 ニタリと口角を上げるムーバは、鋭い刃のような魔力を形成し手に纏わせると… 「ヒィッ…や、め…」 「ッ……!!」 オレの目の前で、躊躇いなど欠片も見せず。慈悲も無く、まるで罪人でも処刑するかのように。 グリモアの首を……その手で切り落とした。

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