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「ああッ……!」 戒める者が、グリモアからムーバに変わっただけで。穢らわしい行為がまた再開される。 人間であるグリモアと違い、神子に対する慈悲など微塵もないムーバは。無遠慮にオレの黒髪を掴んでくる。 拘束する握力は、グリモアより弱く感じるのに… ムーバは何か魔法でも使っているのか、まるで触れた箇所から生気でも吸いとられているかのように。 オレの身体は、全く力が入らなくなっていた。 「魔族に性別などあまり意味がないのですが…私自身、性欲には疎い質なのでね。」 さっさと済ませましょう、などと。 なら潔く殺せばいいのに。探求心が勝るムーバは、まるで作業だと云わんばかりに淡々と言い捨てる。 云うな否や、オレが無抵抗になったのを頃合いに。 唯一着衣を纏っていた下半身へと、早々に手が伸ばされた。 (もが)きたくても、身体はオレの意思に反しピクリとも動いてはくれなくて。悔し紛れに、涙を流すのが精一杯の抵抗。 (く、そッ…こんな、の…) どうしてオレばっかり、こんな目に遭わなきゃならないんだろう。…解りきったことを、頭の中で意味もなく反芻する。 神子じゃなかったら────そう、否定してやりたいのに。否定したら、この世界に来ることすらなかったんだって思ったら… すごく、もどかしかった。 (ルー…) オレがお前の言うことをちゃんと聞いてれば。 立場を弁え、気を付けていれば。 こんなことにはならなかったし…孤児院の少年達が、グリモアなんかに騙されるなんてことも、なかったんだろう。 女王様やオリバーさん、ヴィンにだってグリモアのことを散々忠告されてたんだ。 けれどオレは指輪を貰ってひとり浮かれて。 油断した結果が、このザマだ。 ホント、呆れちゃうよな… (でも、やだよ…ルー…) オレさ、お前にだったら…って、この頃思うんだ。 それって当然だろ? 好きな相手になら、触れて触れられて。 キスも…それ以上も。 そういう気持ちって自然なことだから、悪いことじゃないんだってさ。 お前と出会う前は、どっちかっていうと淡泊な性格で欲もそれほど湧かなくて。 それが本気で恋した途端、性別なんてお構い無しに。ただ欲しくて堪らなくなるから。 どうにでも人は、変われるもんなんだなって。 自分でもビックリだよ… 「グリモアの言い通り…神子はなんとも魅惑的な香りがするのですねぇ…」 無抵抗な首筋に、ザラリとした感触が襲うのに。 オレは嫌悪することすら叶わず、脱力したまま涙する。 「思いの外、楽しめそうではありますが。時間もありませんからね…」 優しくは出来ないと、思ってもない甘言を囁くムーバ。 別にお前にそんなこと望んでないし。 こんな奴に身体を明け渡すくらいなら、いっそアイツに全部晒け出して──── けどソレを望むことはあってはならないと。 オレは何処かで。 (ルーファス…会いたいよ…) 今すぐに、この苦痛から解放して。 その腕で、抱き締めて欲しい────… 現実逃避からか、一度思い描いてしまえば。 その感情はどんどん膨らんで… 「ルー…、ルーファス…」 「おやおや…恋人にでも、助けを求めているのですかねぇ?」 それは殊勝なことを…笑いながら、ムーバは乱暴に腰帯を裂いていく。 「ルー…ファス、ルー…!」 唯一叶う抵抗手段に、オレは声を限りに叫ぶ。 そうだ、こうして名を呼べば…いつだって助けに来てくれたんだ。アイツはオレを必ず守るって…誓ってくれたんだから。 だから、 (信じてる…) アイツは嘘なんて言わない。 オレはそれだけを胸に。 ただひとりの名を、ひたすらに呼び続ける。 「は…無駄なことを──────」 そんなオレを嘲笑い、(けが)そうとするムーバは。 「セツ───…!!」 その声の存在に、思わず動きを止めるのだった。

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