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⑮
「ああッ……!」
戒める者が、グリモアからムーバに変わっただけで。穢らわしい行為がまた再開される。
人間であるグリモアと違い、神子に対する慈悲など微塵もないムーバは。無遠慮にオレの黒髪を掴んでくる。
拘束する握力は、グリモアより弱く感じるのに…
ムーバは何か魔法でも使っているのか、まるで触れた箇所から生気でも吸いとられているかのように。
オレの身体は、全く力が入らなくなっていた。
「魔族に性別などあまり意味がないのですが…私自身、性欲には疎い質なのでね。」
さっさと済ませましょう、などと。
なら潔く殺せばいいのに。探求心が勝るムーバは、まるで作業だと云わんばかりに淡々と言い捨てる。
云うな否や、オレが無抵抗になったのを頃合いに。
唯一着衣を纏っていた下半身へと、早々に手が伸ばされた。
踠 きたくても、身体はオレの意思に反しピクリとも動いてはくれなくて。悔し紛れに、涙を流すのが精一杯の抵抗。
(く、そッ…こんな、の…)
どうしてオレばっかり、こんな目に遭わなきゃならないんだろう。…解りきったことを、頭の中で意味もなく反芻する。
神子じゃなかったら────そう、否定してやりたいのに。否定したら、この世界に来ることすらなかったんだって思ったら…
すごく、もどかしかった。
(ルー…)
オレがお前の言うことをちゃんと聞いてれば。
立場を弁え、気を付けていれば。
こんなことにはならなかったし…孤児院の少年達が、グリモアなんかに騙されるなんてことも、なかったんだろう。
女王様やオリバーさん、ヴィンにだってグリモアのことを散々忠告されてたんだ。
けれどオレは指輪を貰ってひとり浮かれて。
油断した結果が、このザマだ。
ホント、呆れちゃうよな…
(でも、やだよ…ルー…)
オレさ、お前にだったら…って、この頃思うんだ。
それって当然だろ?
好きな相手になら、触れて触れられて。
キスも…それ以上も。
そういう気持ちって自然なことだから、悪いことじゃないんだってさ。
お前と出会う前は、どっちかっていうと淡泊な性格で欲もそれほど湧かなくて。
それが本気で恋した途端、性別なんてお構い無しに。ただ欲しくて堪らなくなるから。
どうにでも人は、変われるもんなんだなって。
自分でもビックリだよ…
「グリモアの言い通り…神子はなんとも魅惑的な香りがするのですねぇ…」
無抵抗な首筋に、ザラリとした感触が襲うのに。
オレは嫌悪することすら叶わず、脱力したまま涙する。
「思いの外、楽しめそうではありますが。時間もありませんからね…」
優しくは出来ないと、思ってもない甘言を囁くムーバ。
別にお前にそんなこと望んでないし。
こんな奴に身体を明け渡すくらいなら、いっそアイツに全部晒け出して────
けどソレを望むことはあってはならないと。
オレは何処かで知っている。
(ルーファス…会いたいよ…)
今すぐに、この苦痛から解放して。
その腕で、抱き締めて欲しい────…
現実逃避からか、一度思い描いてしまえば。
その感情はどんどん膨らんで…
「ルー…、ルーファス…」
「おやおや…恋人にでも、助けを求めているのですかねぇ?」
それは殊勝なことを…笑いながら、ムーバは乱暴に腰帯を裂いていく。
「ルー…ファス、ルー…!」
唯一叶う抵抗手段に、オレは声を限りに叫ぶ。
そうだ、こうして名を呼べば…いつだって助けに来てくれたんだ。アイツはオレを必ず守るって…誓ってくれたんだから。
だから、
(信じてる…)
アイツは嘘なんて言わない。
オレはそれだけを胸に。
ただひとりの名を、ひたすらに呼び続ける。
「は…無駄なことを──────」
そんなオレを嘲笑い、汚 そうとするムーバは。
「セツ───…!!」
その声の存在に、思わず動きを止めるのだった。
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