163 / 423

ep. …turning point

いつか見たゲームの一場面が、枠の中で再生される。 『私は貴女を─────』 愛している、と。 曖昧に顔が伏せられた主人公の少女の手に、誓いのキスを落とす…そんな一枚のスチル絵が映し出され。 ウィンドウの中に流れる文字と音声によって、台詞が紡がれる。 『ルーファス、私も貴方のことのことが────』 ハッピーエンドだと思っていたそれは、全く逆のもので。結ばれたはずのふたりはいずれ、過酷な運命を迎えることとなる。 守護騎士ルーファスは、神子を守って命を落とし… 死を受け入れられなかった神子もまた、自身の役割も忘れ悲しみを胸に殻へと閉じ籠ってしまい。 そうして世界は魔族の手に落ち、混沌の時代が訪れ。 視界は暗転…最悪の結末を表す英文字が、虚しくも画面中央へと…映し出されるのだった。 選択肢ひとつ(たが)えれば… 幸せな未来は永劫閉ざされ、大切なものは何ひとつ残らない。 そんな数あるエンディングのひとつを、何故今になって思い出すのだろうと… オレは微睡みの中、考える。 告白して両想いになった瞬間に突き付けられる、悪夢のようなシナリオ。 こんな夢さえ見なければ、もうゲームのことなんて忘れていたのに。 なんで… (ダメ、なのかな…) グリモアとムーバに襲われて。 約束通りに助けてくれたルーファス。 思いがけず、キス…までしてしまった。 もしあのまま、気を失わずにいたなら。 きっとオレは想いを隠し切れず、この気持ちを全てアイツに打ち明けていただろう。 それに、アイツだって… (これは、神子の…) 予知夢みたいなものだろうか? もしこれが、この先の行く末を案じたものならば。 オレのこの想いは、どうすればいいんだ… 目が覚めて朝になれば、アイツは目の前にいるはず。そしたらきっと、キスの意味を…明かさなきゃいけなくなる。 オレが何も言わなくても、 アイツから想いを告げられてしまったら? そうなのだと、お互いが認めてしまったら… オレがあの主人公の少女と同じ、真の神子だというなら───── 「はッ…ぁ…」 薄暗い部屋の中。 真夜中なのか…幸運にも人の気配はなく、辺りは不気味に静まり返っている。 無理矢理に覚醒した所為か、オレは肩で息をし…堪らずシーツを握り締めた。 首に掛けたままの指輪が、カチリと虚しい音を立てる。 「これも…」 ひとつの未来であるというなら。 オレは絶対に… (言えないんだ…) あんなキスまでねだっておいて、今更どうするんだと自嘲する。 それでもダメなんだ。 オレがもしを口にして… ルーファスが、受け入れてしまったら。 「う…ッ…」 頭を抱え、嗚咽を押し殺すも。 涙は止められず、絶望がオレを蝕む。 「こんなの、ないだろッ…」 大好きなんだ、どうしようもなく。 ただそれだけなのに。 「好きなの、にっ…」 あれだけひた隠しにしてきた言葉でさえ、今ではこうして簡単に紡げるのに。 すんなりと吐き出した本音は、 アイツの元へは届かない…いや、届けられない。 そんなことをしてしまったら、アイツは… 「る、うッ…」 こんな時ほど傍にいて、抱き締めて欲しいのに。 その腕は此処には無く、空回る身体は虚しく冷えていくだけ。 オレはそんな我が儘を、心の奥底に押し込めて。 ただ独り、闇夜に溶ける静寂の中を…ひたすら涙に明け暮れた。

ともだちにシェアしよう!