203 / 423

「セツ…」 ギシリとベッドが軋み。 ルーが近付いて来る気配にも気付いて。 パチリと目を開ける、も… 「言った筈だ…余り俺を煽るな、と…」 「る…っ…ファス…?」 頭上を影が覆い、高鳴る胸を押さえ…見上げたら。 すぐ目の前に、端正なルーの顔が迫っていた。 「る、ま…って…」 慌てて起き上がろうとすれば、両手をベッドへと押さえつけられてしまい。 じっと見下ろす深緑の眼が、明らかな色を纏って…オレのそれを縛り付ける。 「俺を挑発したのは…セツだろう?」 「あっ…!」 ぐっと近付く距離、密着する身体に。 そこからぶわりと熱が生まれる。 足掻こうとしても、今のルーは頑なで。 掴む腕は、ぴくりとさえ動いてはくれない。 同時に一人称を変え、雄臭く豹変してしまうルー。 そんな姿を見せつけられるオレは… 本能的な恐怖に怯え、目を潤ませた。 「そんな()をして…また俺を惑わすのか、セツ…」 「ひゃ…ぁッ…」 目尻に溜まる涙を見て、ルーが顔を近付けてくる。 思わず目を閉じたら…そこをペロリと舐められて。 そのまま唇の感触が、こめかみ、頬にゆっくり押し付けられていき… 最後に耳元へと、吐息が掛かったかと思えば。 そこから直接、名前を囁かれてしまった。 もうわけが分からなくて。 オレの思考はどろどろに溶かされ…ちっとも働いてはくれないから。 いつになく妖艶で意地の悪いルーファスに。 オレはただただ、魅せられてしまうのだった。 「俺とて、驚いているんだ…」 自分の中にも、このような欲があったのか…と。 ルーはオレの耳朶を甘く噛みながら、独り言のように告げる。 ぼやける視界で認めたルーの瞳は、その言葉通りに戸惑いを孕んでおり。 それでも、その得体の知れぬ衝動が。 時折抑え切れなくなるのだ、と…苦しげに自嘲してみせた。 「セ、ツ…」 「るっ…───んンっ…!」 告げるや否や、理性を切り捨てたルーが扇情的にオレの目を捕まえてきて。 名を紡ぐその唇で…今度は無遠慮に、奪っていく。 箍が外れた行為は、今までにないぐらい淫らな音を室内に響かせて… 誘惑にとことん弱いオレの理性もまた。 秒速で消え失せ、気付いたら夢中になっていた。 「ぁ…るう…っ…」 「はッ…ぁ…」 これ以上、こんな行為に身を委ねてたら。 本当に…抜け出せなくなってしまう。 そんな現実的な考えとは裏腹に、身体は素直に熱を訴えており。刺激を与えられたらその分だけ、熱は身体の中心へと誘われてくから…。 身体はルーに覆い被され、ぴたりと隙間なく密着しているし。このままじゃ、ルーに反応しているのが暴かれちゃうかもしれない… そう、僅かに残る自我を奮い…なんとか身体を離そうと、無理やりに半身を捩ったのだけど───── 「…あ…っ…」 「ッ……!」 膝を立てようとした瞬間、ルーのへと掠めてしまい…重ねたままの唇を、慌てて離してしまったルーファス。 呼吸もままならず、息も絶え絶えに。 揺れる瞳とぶつかれば、なんとも気まずい空気が互いの間に流れて… しんとする室内に、互いの生々しい息遣いだけが…ねっとりと耳に纏わり付いてきた。 「はぁ……すま、ない…」 どうかしていたと、一瞬で冷静になるルーファスがぎこちなく離れてく。 熱を失う寂しさに苛まれながらも。 これ以上はもう、踏み込んではいけないと悟り… オレは己の身体を抱きながら。 背を向けるルーを、虚ろな意識で仰ぎ見るしかなかった。 「頭を、冷やして来るから…」 お前は部屋に戻るんだと、 息を正しながら切なげに告げられる。 オレが動けず、黙っていると… 「此処にいたら…次はどうなるか判らない。これ以上は、抑え切れないから…」 低く威嚇するように、ルーは淡々と警告する。 それでも隠し切れないオレへの下心が。 荒い吐息と声音(こわね)に含まれているのに、気付いてしまうから… 「うん……ごめんっ…」 オレは真っ赤な顔で涙を堪えながら、素直に頷いた。 「いや…私こそ、すまなかった…」 去り際に、少しだけ振り返るルーの瞳は…言い表せないほどの感情に揺れていて。 切なく笑う、その姿が。 扉の向こうへと消えるのを、必死に耐え忍ぶ。 …扉が閉じられた途端に、オレは(うずくま)ると。 主のいなくなったベッドの上、もて余した熱も抱えたまんま。 独り嗚咽を漏らし、涙を流した。

ともだちにシェアしよう!