279 / 423
⑤
「うっ…ぇ…」
「セツ、泣かないで…もう怖がらなくていいから…」
ねっ…てロロによしよしされるけれど。
ここ最近で一気に緩みきってしまったオレの涙腺は、すぐには止まらなくて。
子どもみたく泣きじゃくってたら、ルーとオリバーさんが慌ててオレの方へと駆け寄って来た。
「セツ…」
オリバーさんとの勝負に集中するがあまり、オレが何故泣いてるのかが、ルーには解らないようで。
困惑しながら名を呼ぶのだけど…。
「セツは慣れてないからね…君とオリバーさんが、あまりに白熱するものだから、驚いてしまったんだよ。」
さすがのアシュも呆れ気味に、
まるで説教するかのようふたりに告げる。
真相を知ったルー達は互いを見やると、申し訳なさそうに目を泳がせて。オレはなんとか涙を堪えながら、ふたりを見上げ口を開いた。
「ごめっ…なんか圧倒、されちゃって…ふたりとも、喧嘩してるみたいだったから、怖くなって…」
「セツ…」
「セツ殿…」
みんなが心配そうにしてるから、涙を止めようと思うのだけど…。ぼろぼろと、それは意思に反して溢れてしまい途方に暮れる。
「申し訳ありません…ルーファスとの真剣勝負に、つい気が昂り…平常心を欠いてしまいました。」
胸に手を当て平謝りのオリバーさん。
対するルーファスも、やや複雑な表情を浮かべながらも同様に頭を下げてくる。
「すまないセツ、感情に流され我を忘れるとは…騎士として軽率だった…」
「ううん、オレこういうのにっ免疫無かったから…」
鼻をすすりながらも必死で返していると、ふたりは大袈裟なくらい動揺して。何度も何度も頭を下げてくる。
そのオロオロと取り乱すふたりが、騎士団最強クラスの実力者なんだと思えば、なんだか可笑しくなってしまい…
「ぷはっ…もう……心配させないでよね?」
長身の男が揃ってしゅんと、項垂れる姿に堪らず吹き出せば。
「すまない…」
「面目ない…」
謝るタイミングめっちゃ被ってるし…。
なんであんなギスギスしちゃってたかなぁ?
「…じゃあ、ふたりとも手を出して?」
すっかり大人しくなってしまった、ルーとオリバーさんに向け。オレは苦笑しながら、ハイと両手を差し出して。
「オリバーさんもだよ?」
躊躇する彼にもう一度手を示して促せば…
ちらりとルーを気にしながらも、おずおずと手を重ねてくれた。
「これから一緒に魔王を倒しに行くのに、傷だらけじゃカッコつかないでしょ。」
告げてオレは、握るふたりの手に意識を集中して…簡単な治癒魔法を施す。
数は多くとも、どれも浅い切り傷程度だったから。
ふたりの傷はあっという間に薄くなっていき、血の跡だけを残して完全に消えていった。
「オレ達は仲間なんだから。もう絶対に…喧嘩なんかしないでね?」
解った?…って念押しすれば、ふたりはまた息ぴったりに。
『ハイ…』
廊下に立たされた子どものように。
ぴしりと背を伸ばして返事した。
「いやぁ~ルーどころか、オリバーさんまで黙らせちゃうとは…」
「まるでご主人様と飼い犬みたいだね~。ふたりとも団で一位二位を争う騎士なのに、ホント形無しだよ~。」
「…てかもうセツが最強なんじゃね?」
外野の3人は、楽しそうに勝手なことばかり言い始めたので…オレははぁ~と大袈裟に溜め息を漏らす。
ルーはそんなオレを気にして、チラチラこっちを見てくるから。意地悪く笑って、えいっと肘で小突いてやったら…また申し訳なさそうに、項垂れてしまった。
「オリバーさん、次は俺と勝負して下さいよ~!」
ジーナが場の空気を払拭するよう、オリバーさんの手を引き。目が合ったら目配せされて…オレもありがとうと笑顔だけで返す。
「セツ…」
みんなより数歩後ろに立ち、オレはルーの手をこっそり握り締めて。
「不安になったら、ちゃんと言って…?」
オレは何度でも応えるから。
見上げたら、なんでかルーは泣きそうなくらい切なげに目を細めていたけど…。
「ああ…」
短く一言だけ。
代わりにオレの手を強く握り返していた。
ともだちにシェアしよう!