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⑦
(落ち着かなきゃ…)
今は独り、頼れる人はいないんだから。
まずは自分をしっかり保たないと。逸る鼓動を抑え、深呼吸をし…
この状況から脱け出す術を、考えていると…
「どうしたの?」
「ッ…!!」
行き止まりだったはずの背後から、突然声を掛けられる。
粟立つ腕を押さえ、恐る恐る振り返れば…
「だ、れ…」
そこには見知らぬ人影があり。
反射的に身構えるオレは、じっとその人物に向け目を凝らした。
「僕?…僕はティンカ。」
よろしくねって、場違いなほど眩しい笑顔を湛えるその人に。更に不信感が募る。
「キミは神子…だよね?」
ティンカと名乗る人物は、ゆっくりと此方へ歩み寄り…オレは呼応して一歩後退る。
『僕』と言っているから、男…なんだろうか?
その容姿はとても美しく儚げで。背は少しオレより高いくらいだったけど…。
腰くらいまで伸ばされた金髪は女性的で。
まるで洗練された陶器のような魅力を、全身から放っており。
強いて言うなら、人間離れしているというか。
例えばさっき街中で見掛けた、エルフのような…歪なこの空間には凡そ不釣り合いな雰囲気だったから。
それが余計に、オレの恐怖を煽った。
「ふふ…僕が怖い?」
「っ……」
相変わらず天使のような微笑みを繕っているけれど。オレは警戒心を剥き出し、気を張り巡らせる。
このタイミングで現れたのだから、異空間の元凶はきっと彼…なのだろうけれど。
それが判ったところで、果たしてオレ独りで対処出来るのか…。孤独が故に、足がすくみそうだ。
「あの日から…ジークは、キミのことばかり気にしてさ。せっかく僕が手伝って、神子を手っ取り早く始末出来るようにしてあげたのに…。」
ぽつりと告げる彼の声音には、寂しさと押し殺すような怒気が僅かに滲み出ている。
「キミは、魔族なの…?」
なんとか声を絞り出し、平常心に努める。
魔族の王ジークリッドの名を出してきたし…
オレが神子だと知っているなら、おそらくこの人は魔族側なんだろう。
それでも確信に至らないのは、彼の容姿が魔族の特徴とはかけ離れていたからなのだが…。
「そうだよ、今は人に紛れるために少し変えてるけどね。」
そんな考えは見透かされ、ティンカという青年はクスクスと無邪気に答えると…
「っ…!」
「追い詰められてしまったね。」
後退する背中が、無いはずの壁にぶち当たり。
ティンカがオレの目前まで近付くと、ゆっくり手を伸ばしてくる。
頬に触れられれば、その指がひどく冷たく感じられて…オレの身体は大袈裟なくらい、びくんと跳ね上がった。
「早く、消してしまえば良かった…」
「っ…ぁ……」
目が合った瞬間、ティンカの目が…緑から赤色へと変わり。オレの身体が金縛りにでもあったかのよう固まってしまい、動かなくなる。
…と伸ばされていた手が首筋に宛がわれ、堪らず息を飲んだ。
「魔族にとって、邪魔な存在でしかないのに。」
「ぐっ…ぁ…」
華奢な身体からは思いもよらぬ力が、その真珠のような指先から込められて。締め付けられる首に、耐えきれず呻き声が漏れる。
捕えられたままの瞳は、絶やすことなく笑顔を繕っているのに。
隠そうとしない殺意が、余りにも狂気染みてて…
動けないのに。震えだけは止まらなかった。
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