304 / 423
⑧
「どうして…ずっと一緒にいたのは、僕なのに…」
「う…ぅッ…」
突如として現れた魔族の青年ティンカは。
オレに対し、いきなり憎悪剥き出しで。
儘ならない呼吸に思考も働かず。なんとか逃れようと踠いてみるけれど…身体はやはりぴくりともせず、意識も段々と怪しくなってくる。
(ルー…)
繋いでた手の感覚さえ朦朧と、諦めるよりも先に意識は落ちかけていたのだが────
「やめるんだ、ティンカ。」
「ラルゴ…」
思いも寄らぬ乱入者に。
ティンカ同様、オレも驚愕する。
静かに立っていたラルゴは、ティンカの名を呼ぶと。首を締める手を離すよう、無言で諭しており…
「どうしてお前が、邪魔するの…?」
魔族ならば。守護騎士もいない今が、まさに神子を始末するに好機なはずだ。
なのに仲間であろうラルゴは、ティンカをじっと見つめたまま。何故か悲しげな目をしていて…。
「ジークが望んだことだ。それに…俺は、こういうやり方が好きじゃねぇ。」
不信感を露にするティンカに、ラルゴはそう唸るように答えるけど。納得がいかないティンカは、彼を睨み付け反論する。
「そんなの選んでる場合?神子が死ねば、僕達は自由になれるんだよ!」
敵の言葉なれど、ティンカの考えは魔族側からすれば至極当然なわけで。
…なのにラルゴは、否と首を振る。
「お前にも、こんなことさせたくねぇんだよ…。」
だから手を離せと、ラルゴは巨漢に似合わず優しい物言いで説得しようとするから。
もしかしたら、彼は…
「ッ…ごほッ…はっ…!」
手が離された途端、身体を戒める力からも解放され。ずるりとその場に膝を付く。
一気に呼吸が戻ってしまった反動からか、激しく咳き込んでしまい…オレは堪らず自身の胸を掴んだ。
「セツ…!!」
同時に異質な空間も崩れていき…
何もなかった場所から、突如としてルー達の姿が現れ始め。
一瞬で状況を把握すると。皆がオレの元へと駆け寄り、すぐさま守るよう構えた。
「お前だけは違うと思っていたが…」
見損なったと低く言い放つルーが、オレの前へと立ち。剣の柄に手を添える。
ラルゴは何も応えず、茫然と佇むティンカを庇うよう…そっと抱き寄せるから。
「…セツ?」
声が出せなくて。それでもなんとかルーの服を掴み、必死に何度も何度も首を振れば…
そんなオレを見ていたラルゴがぽつりと一言、
「悪かったな…」
そう告げ、ティンカを抱き上げると地を蹴って。
建物の上へと跳び移るや否や…
「待ちやがれ…!」
咄嗟にジーナが後を追うんだけど、オレがそれをやめるようルーに身振りで訴えるから。
「見逃せと言うのか…?」
「んっ…」
こくこくと頷けば、ルー達は顔を見合せ…しばらく思案するも…
「解った。とりあえず屋敷に戻ろう。」
言ってルーはオレを抱え、歩き出す。
「っ…ご、めっ…」
「無理に喋らなくていい。」
声を出そうとしたら、また咳き込んでしまい。
ルーが背中を擦ってくれたから。
安心したオレは、重たい頭をその胸に預け…
少しだけ意識を手放した。
ともだちにシェアしよう!