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⑩
「私が誰よりも先に、貴方と出逢えていたなら…」
何か違っていただろうか?
「え…?」
ぽつりと囁かれたそれは夜風に紛れ、オレの耳には届かなかったけれど。
「いえ…」
もう一度、顔だけで振り返ったオリバーさんは。
本当に穏やかな笑みを湛えていて。
「今宵は私の我が儘にお付き合い下さり、感謝致します。それと…泣かせてしまって、すみません…。」
私には、その涙を拭うことは叶わないから。
そう告げた彼は、少しだけ寂しそうに苦笑すると。大きな背中に月明かりを受けながら、別れの挨拶と共に立ち去った。
オレは暫し動けず、
誰もいなくなった場所を茫然と見つめ、佇む。
(こっち来てから、ほんと涙腺緩くなったなぁ…)
グスンと鼻をすすり、涙を乱雑に拭った。
そよぐ風は相変わらずしっとりしていたけど。
やけに火照った顔には、丁度いいように思える。
でも…
「こんな顔じゃあ、さすがに戻れないなぁ…」
トイレに行くとか言って出てきちゃったし…
あんまり長居なんてしてらんないんだが。
昂って涙した所為で、目元はぷっくりと腫れぼったく…触ると熱を帯びていたから。
「ルーも今頃、勘づいて探してるかもしんないし…」
見つかる前に顔を洗った方がいいかも、なんて。
独り言を口にしていたら…
「もう見つけている。」
「えっ…」
何故だか背後から声がしたかと思えば…
既にオレの身体は、その逞しい腕で抱き締められていて。
「るっ、ルー…!?」
驚くあまり、頭の中が真っ白になる。
「え…ど、どっから来たのっ…」
「ん…?」
当たり前のように、下から来たと答えるけど…
ここは物見塔の天辺だし。
ルーが現れたのだって、今しがたオリバーさんが立ち去っていった出入り口の…反対側になるんだから。
…まさか飛んで来たってわけじゃあ、ないよね…?
先程までのこともあってか、思考は上手く働かないし。加えてルーに後ろから抱き締められてるもんだから…。
冷まそうとしてた熱が再燃して。
心臓もバカみたく高鳴ってしまった。
「もっ、もしかして…」
聞いてたんだろうか、オリバーさんとの遣り取り…。気まずいながら恐る恐る問うと、
「ん?…まあ。」
「いっ、いつから…」
「…セツが此処に来た辺り、からかな…」
全部じゃん!…って、思わずツッコんだら。
更に強く抱き締められてしまい。
もう~…恥ずかしいし、メチャクチャ居たたまれないんですけど…。
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