354 / 423
⑨
「…其方から来て下さるとは。手間が省けましたよ。」
「随分遅かったからな。待ちくたびれたんで、出迎えてやったんだよ。」
あくまで弱味を見せぬよう、毅然とした態度を取るヴィンに対し。ラルゴもおどけたような口振りで、ニヤリと笑ってみせた。
魔王城の方から、気配も無く現れたラルゴに。
騎士達は警戒心を抑えつつ、周辺へも気を配る。
けれど他に仲間の気配は感じられず。
敢えて自ら存在を知らしめるような行動を取ったということは…
「かなり参ってるみてぇだったからな。」
言ってちらりとオレを見やるラルゴに、ルーとアシュが素早く反応し警戒するも。
「…ならば約束まで少しばかり、猶予を与えてはくれないだろうか?」
「……」
ラルゴをじっと見据えるルーは、唐突にそう魔族へと申し出る。
暫くの間、互いに探り合うかのような沈黙が続いたが…ふとオリバーさんが歩み出ると、
「…魔王もお前も、我らを名指 してまで挑もうというのだろう?ならば私も、このルーファスも。万全を期して…それに応えたいと思っている。」
ラルゴが話の通じる相手であっても、敵であることには変わりなく。
オリバーさんも真意は避け、あくまで正々堂々と勝負しないかと…ラルゴの性格を念頭に、提案する。
と…ラルゴはオリバーさんへと視線を移し、わざとらしく思案するような仕草をしてみせるのだけど…。
「まあ…端からそのつもりで来たからな、待ってやるよ。」
なんとなく察しはついてたが…
ラルゴは二つ返事で以て、こちらの要求を受け入れてくれた。
「では、明朝まで…」
「いや、特に時間は指定しねぇから。ソイツの都合に合わせて来いよ。」
再度オレを一瞥し、ヴィンの言葉を遮って告げたラルゴは。敵…ではあると知りつつも、その言葉に違和感を抱いてしまう。
ううん、もしかしたら…
(魔族だから敵なんだって…無意識に決めつけちゃってるから、かも…)
魔族にとって神子は、宿敵の何者でもなく。
古から今日 まで対立し、時には命を狙われることだってあったけど。
ラルゴに限っては、むしろ助けてくれることもあったぐらいだし…。
一見残虐な印象しかないジークリッドにしても。
あの襲撃時に、オレを始末する機会なら幾らでもあったんじゃないかって…今なら思えるから。
ティンカや双子だってそう、何処か憎めない部分は捨てきれないし。元よりこの決闘の話だって…
「せいぜい俺達が退屈しねぇよう、しっかり休んでおけよ。万全で…相手してくれんだろ?」
挑発的にオリバーさんへと視線を送ると、ラルゴは背を向けてしまい。大雑把に手を振りながら、そのままスタスタと城の方へと歩き出す。
「あ…ラルゴ!」
つい無意識な何かに駆られ、オレは魔族を呼び止めてしまったが…
「えっと…ありがとう。」
「はっ…神子ってのは、とんだ変わり者なんだな。」
礼を述べたら、呆れたように笑われてしまったけど。
彼はもう一度背中越しに、プラプラと手を振ると。闇に溶けるよう、静かに消えて行った。
ともだちにシェアしよう!