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⑬
ズシリと重い斬撃が、中庭に鳴り響き。
剣圧だけで互いの身体にピシリと赤い亀裂が走る。
どちらも極限にまでに精神を研ぎ澄ませた、見事な戦いぶりだった。しかし───
『っ……!』
最中、ほんの僅かな一瞬…ラルゴの動きが鈍くなり。オリバーさんが放っていた一撃が、彼の腹を引き裂く。
『チッ…しくじったな…』
咄嗟にも回避を試みていたため、致命傷とまでは至らなかったものの。
ラルゴの表情には、何か焦りのようなものが滲み出ていて…。
『気を抜くとは…らしくないのではないか?』
腑に落ちないオリバーさんは、訝しげに問うも。
『…こんくらい、問題ねぇよ。』
ラルゴは何事もなかったようにまた、斧を構え直した。言葉に反し、彼の腹からは鮮血が滲み出ている。
『……………』
傍目からは誰にも判らないほど、ラルゴは努めて平静を装っていた。
しかし対峙するオリバーさんには、僅かな心の乱れが手に取るように判ってしまい。
何故なら…
『…ティンカという魔族が、気になるのだろう?』
『…………』
『先程、彼の魔力が乱れた気配がしたが…』
ラルゴは答えなかったが、表情は固く…感情の一切を消し去ってしまう。
魔族に有利な異空間の崩壊。それが何を意味するのか…
彼にとって特別な存在であろう、ティンカのこととなれば。内心、気が気じゃなかっただろう。
それでもラルゴは、頑なな態度を崩すことはなかったが…。
『悪かったな、水差してよ。気にせず、続けようぜ。』
“違っ…助けて、ジーク…ラルゴ────…!”
『!!』
この時、何処からか…くぐもったような声が僅かに聞こえて。
苦しげに助けを求めるティンカのそれに対し、ラルゴはハッとして思わず辺りを見渡す。
オリバーさんにはラルゴほど、その声が聞き取れてはいなかったが…
『おい…』
『その様子ではもう、勝負どころではないだろう。』
剣を鞘に納めてしまったオリバーさんを、ラルゴは訝しげに睨み付けてくるものの。
『続きを挑むならば、いつでも私はお前の相手となろう。…だが先に、その心配事を片付けて来たらどうだ?』
全力でぶつかれなければ意味がなかろうと、不敵に笑ってみせる騎士を。しばらく無言で凝視していたラルゴもまた、同じような笑みを浮かべて。
『……ならひとつ、貸しにしといてくれよ。』
ラルゴも構えを解き、戦斧を肩へ担ぐと。
捨て台詞と共に闇に溶けるようにして、姿を消してしまった。
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