381 / 423

ep. 36 騎士と魔王の仁義①

「やっと来たな…待ち焦がれたぜ、神子。」 古く重厚な扉を開け放つと、奥から聞き覚えのある声が響き渡り。反射的にオレは肩を竦めてしまう。 忘れることなど出来ない、恐怖と絶望の記憶。 その根底に深く根付くのは…圧倒的な強さを誇る、 「ジークリッド…」 魔王と呼ばれ、魔族の頂点に君臨する男。 足を踏み入れた内部は王の間というだけあり、最奥には玉座のような物が見え…。 ジークリッドはそこに、堂々たる佇まいにて座する。 彼の背後には、壁を大きくくり抜いたようなバルコニーが設けてあり。 外の景色…つまりは森と断崖絶壁が一望出来るような。なんとも大胆な構造をしていた。 玉座から少し離れた左手には、瓦礫が山積みになっていて…。その残骸から微かに残る結界の光りが、煙のように立ち上っては消えていくのが確認出来るから。 恐らくはあれが、神子が結界を施していた石碑…なんだろう。残念ながら、それらはもう…殆ど機能していないようだった。 「ラルゴ。」 ジークリッドが呼ぶと、バルコニーから姿を現したラルゴにオリバーさんが反応を示す。 先程の話だと、かなり重傷らしいけど…彼の様子に異変は感じられず。 しかしその表情は、いつになく頑なに閉ざされていた。 「ティンカは?」 「…………」 視線はオレ達に向けたまま問うジークリッドに対し、 ラルゴは何も答えなかったが…。 ジークリッドは何か察した様子で、「まあいい…」と軽く流した。 「約束を…果たしに来た。」 王の間の中央まで進み、ルーがひとりだけ前に出る。 「ふっ…そう畏まらなくても、気楽に行こうぜ?」 人々から、魔王と呼ばれてはいても。 実際はその名を疎ましく思っているジークリッドは。 荘厳な名にそぐわぬ、おどけた口調で苦笑う。 「ラルゴが提示した条件は…守って頂けるのでしょうね?」 「勿論、二言はねぇよ。」 ジークリッドの思惑を推し量るよう、空かさずヴィンが問い質すけど…コイツが何を考えているのかまでは、読み取れない。 けど、もしかするとそれは。 すごく単純なもの、なのかもしれないが…。 「俺が勝ったら神子は頂く。お前が勝てば、俺は今後一切、神子とは関わりはしないと誓う。…まぁ、全ての魔族がこれに従うわけじゃ、ねぇけどな。」 あくまで魔王のジークリッドとラルゴ達が、という前提であり。統率されていない魔族全員が賛同するかは…また別の話。 但しジークリッドも魔王として魔族達に向け、最低限の働きかけはすると、告げているが…。 「信じられねぇってんなら、手っ取り早く俺をぶっ倒しちまえば良い話だしな。俺は別に強いヤツと戦えるってんなら、なんだって構わねぇわけだし。」 「お前の相手は私のみ…一騎打ちに水を差すような、無粋な真似はしない。」 剣の柄を示しながら、ルーが返す。 威嚇するような冷たいその視線に、ジークは楽しげにほくそ笑んでいた。 そのまま玉座から、すっと立ち上がる。 「なら勝負はあくまでタイマン、お互い仲間の介入はナシだ。お前が負けたら…その後は全員相手してやってもいいぜ。」 相当な自信があるのか、ジークリッドはそう切り出した。 「我々は一切手出しはしない。騎士の名に懸けてな。」 オリバーさんは断固としてそう、宣言した。 「全てはこのルーファスに託してある。と言っても、お前達が約束を違えぬ限りは…だがな。」 みんなもその言葉に賛同するかのよう、真っ直ぐな視線をジークに集めており。 「相変わらず人間は堅苦しい生き物だな。とりあえず、そういうことだから。余計なことすんじゃねぇぞ……ルナー、コナー。」 『解ってるよ…。』 声をハモらせたのは、ジークリッドが名を呼んだ双子の少年で。 ロロとジーナが咄嗟に身構えるも。 当人達はつまらないとばかりに唇を噛み締め、ラルゴの後ろで大人しくしていた。 いつも本能のまま、好き勝手しているように見えてもまだ未熟な子ども。ジークリッドやラルゴの前では、意外と従順に。年相応なのかもしれない。

ともだちにシェアしよう!